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海軍士官が書き残した「なるみの書」

2016/02/24  |  番組内容

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太平洋戦争開戦直後の昭和16年12月23日。 別府市の料亭「なるみ」に海軍の隊員たちが集まった。真珠湾攻撃の祝勝会だった。この祝勝会には、真珠湾に第一撃を投下したとされる高橋赫一海軍少佐らが参加。このとき、料亭の亭主にお礼として、機密だった真珠湾の写真をひそかに手渡した。
その写真とともに残したのが、「一撃必中」と書かれた書であった。
これ以降、なるみを訪れた海軍士官らは料亭に書を残すようになり、昭和19年末までに300人以上の隊員の書が残されている。

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なるみの書の最後は、昭和19年11月に書かれた書。
出撃を間近に控えた特攻隊員たちのものだ。それまでの書とは異なり、荒々しく書かれている。
言葉とは裏腹にやりきれなさもあったのかもしれない。
さらに、文字では表せない隊員の思いを描いたものもある。

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「カエル」の絵。生きてふるさとに戻ることを絵に表したとされ、当時は、決して言葉にはできなかった思いを描いていると推察される。当時、海軍中尉だった細谷孝至(94)はこうした書は、遺書代わりにもなったという。 戦後70年経ち、当時を知る人は年々少なくなっているが、「なるみの書」は、当時の隊員の思いを伝える貴重な史料となっている。