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風立ちぬ

<堀越二郎と堀辰雄に敬意を込めて>というロゴの他に、一般の観客にあまり詳細な内容の情報を予告編・チラシに出さないままに封切る、という作戦に出た作品だが、宮崎アニメの中でも異色の内容となっているこの作品は、掛け値なしの俊作となっている。
1904年生まれの堀辰雄、1903年生まれの堀越二郎、ほぼ同時代に激動の日本を生きた実在の人物。堀は作家として歩み、堀越はエンジニアとして通称ゼロ戦と称された世界が瞠目する戦闘機を設計した。この堀の小説『風立ちぬ』『菜穂子』と、ゼロ戦の設計者・堀越の半生を融合させた宮崎駿のオリジナルな作品は、堀越と菜穂子の交際を縦糸にして1923年の関東大震災、1930年の大不況、そして戦争という不穏な世界へと突き進む日本の中で、ただひたすら今その瞬間を大事にしながら力を尽くして生きていった人々をある時はシュールに、ある時は叙情的に、そしてある時は写実的に描いていく。
この作品にはリアルな戦闘シーンは登場しないし、戦争を糾弾しない。あるのは<ぼくは美しい飛行機を造りたい>と思う少年が一途に己の夢を追いかけて世界でいちばん美しい飛行機の設計に昼夜を忘れて没頭していく姿である。
そしてその過程の中で、ひとりの美しい少女に出会い、純粋な愛を育む物語なのだ。
さらにこの物語のもう一つの中心は、この当時の日本の風景であり、そこに住む日本の庶民の丹誠な生き方であり自尊心である。
風吹き抜ける綾なす緑の大地と、真っ青な空、入道雲。
貧しくとも自然を友として生きる日本人。
他人の難儀を自分の難儀として支え合う、貧しい国の豊かな心根。
それらが渾然一体となって堀越と菜穂子を包み込み物語は進行する。
だから尚更、戦争へと突き進んだ当時の情勢への深い慟哭が物語の背景にレクイエムのように漂うのだ。
物語のラスト近くに出る無数のゼロ戦の残骸。一途な夢の果てに憧れのイタリアのカプローニとの夢の中の会話『君の10年はどうだったかね、力は尽くしたかね』『はい。おわりはズタズタでした』と答える堀越の前に夭逝した菜穂子が風立ちぬ草原から<あなたは生きて>と呼ぶシーンに宮崎駿の想いが凝縮していると感じたのはぼくだけではあるまい。
ぼくのチケット代は、2,800円を出してもいいと思う作品でした。
星印は、5つ差し上げます。


[ 5 点(5点満点)・ 2800 円(1800円基準)] 5点満点中5点 2800円
衛藤賢史のシネマ教室について…

“映画評論家ではない”衛藤賢史先生が「観客目線でこの映画をどう見たか?」をお話するコーナーです。

星:観客目線で「映画の質」を5点満点で評価
チケット代:観客目線で「エンターテインメント性、楽しめるか?」を評価(1,800円を基準に500円から3,000円)

【衛藤賢史プロフィール】
えとうけんし・1941年生まれ・杵築市出身
別府大学名誉教授
専門:芸術学(映像・演劇)映画史
好きな作家:司馬遼太郎/田中芳樹
趣味:読書/麻雀/スポーツ鑑賞/運動

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