おおいたデジタル紀行
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名勝・別府地獄めぐり【2009/6/28放送】

湯の町別府を代表する観光名所・地獄めぐり。
このうち4つの地獄が、大分県では耶馬渓以来実に86年ぶりに国の名勝に指定されることになりました。

まず一つ目が「海地獄」。
コバルトブルーに見えるのは、温泉成分の一つ「硫酸鉄」が溶け出しているためです。

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つづいて「白池地獄」。
吹き出した熱湯が温度と圧力の低下により青白く変化します。

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最も古い歴史を持つ血の池地獄。
底にたまった赤い熱泥が池全体を赤く染めています。

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最後に「龍巻地獄」。
別府市の天然記念物にも指定されている間欠泉です。

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昭和3年、日本初の定期観光バスにより始められた地獄めぐり。
日本の「名勝」として、地獄はこれからも別府観光の中心を担い続けます。

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新緑の九重“夢”大吊橋【2009/6/14放送】

玖珠群九重町、九重“夢”大吊橋。
歩行者専用の橋として日本一の長さを誇る吊橋です。
九酔景にかかるこの吊橋は、平成18年、総工費20億円をかけ建設されました。
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長さ390mにも及ぶ全長は
左右7本のメインワイヤーによってしっかりと支えられ、
1800人の重さにも耐えることが出来ます。
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「日本の滝百選」震動の滝、
その昔、流れ落ちる滝が山々を震動させたという
言い伝えが残っています。
かつて、陸からでしか見られなかったこの滝は、
吊橋の完成によって、より多くの人の目に触れるようになりました。

雄大な景色のなかに悠然と横たわる、九重夢大吊橋、
その上に立つものを、天空の世界へといざないます。

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キリシタン洞窟礼拝堂【2009/6/7放送】

竹田市にある県指定史跡、キリシタン洞窟礼拝堂。
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岩場をくり抜いてつくられたこの礼拝堂には、
キリスト教が禁止された後、
信者たちが密かに集い、信仰を続けていたといわれています。
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厳しい弾圧の中布教活動を続けていた神父たち。
住居跡は礼拝堂に隣接しています。
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キリスト教信者の領主が多かった岡藩には、キリシタン関連の遺品が数多く残されています。
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竹田市立歴史資料館には、神父をかくまっていたとされる岡藩重臣の家にあった燈篭が保存されています。
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十字章が鋳出された鐘も、
金属の供出を余儀なくされた戦時中を経てもなお、
形をそのままに留めています。

礼拝堂では毎年クリスマスイブに殉教者を偲ぶミサが行われており、
信仰への思いが今も受け継がれています。

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豊後国分寺跡【2009/5/31放送】

国指定史跡「豊後国分寺跡」。 
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豊後国分寺は、奈良時代、聖武天皇の命により、
仏教の力で国を鎮め、災いを払うことを願って、
全国に建立された国分寺の一つです。
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豊後国分寺は、東西およそ180メートル、南北290メートルの広さをもち、金堂や講堂、食堂(じきどう)などの建物が、南北に並ぶように
建っていたといわれています。

現在、観音堂が建っている場所には、67メートルの高さの
「七重の塔」がそびえていたといわれていて、建物の下に敷いた
「礎石」は、今もその姿を残しています。
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豊後国分寺跡には、奈良時代の風が、今もゆるやかに吹いています。

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咸宜園【2009/5/24放送】

日田市出身の儒学者、広瀬淡窓が開いた私塾「咸宜園」。

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淡窓は、伯父で俳人の廣瀬月化が建てた居宅「秋風庵」で塾生らと寝食を共にし、学問に励みました。

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淡窓は、儒学の他に仏教や老子を好み独特な教育法で門弟の支持を集めました。

塾生の中には歴史に名を残した人物も少なくありません。

咸宜園内には、復元しないままの風情ある空間も残されています。

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75才でこの世を去るまでの52年間に、およそ3000人の門弟の教育に勤(いそ)しんだ廣瀬淡窓。

生涯教育に身を捧げた淡窓の学問に対する情熱は、今も尚この学び舎に息づいています。

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