化石ゾウ ( かせきぞう)

大分にもゾウがいた

 現在地球上に生息している野生のゾウはアフリカゾウとアジアゾウの2種類で、それぞれアフリカ大陸とインドから東南アジアにかけてのアジア大陸南部に限られている。しかし地質時代にはアジア大陸東部、アメリカ、ヨーロッパその他世界各地にいろいろな種類のゾウがいたことがその化石の発見によって知られている。日本にも第四紀更新世(200万年〜11,000年前)の時代に北海道から九州の各地に何種類ものゾウがいたことが明治時代の初めごろに、ナウマン、ブラウンズらの外国人招へい学者(東京帝大教授)によって明らかにされた。
〈大分のゾウ〉
 大分では昭和24年(1949)に初めてゾウの化石が見つかり、地質時代には大分にもゾウがいたことが明らかになった。このゾウ化石は当時大分市 城東中学校 (現 津留小学校 )の校庭整理作業で、近くの大分市の護国神社北西の崖から運んで来た土砂の中から発見されたもので、 トウヨウゾウ の左上顎第2大臼歯であった。産出した地層は 大分層群 鶴崎層 牧砂 礫(れき)層 で、更新世後期のものである。同じ地層から、昭和44年に 小池原(こいけばる)でトウヨウゾウの幼獣の臼歯つき頭骨と成獣の臼歯つき下顎骨の化石が発見され、約38万年前のものと推定された。
 大分市から遠く離れた 姫島 では昭和30年に、丸石鼻の 丸石鼻層 から アカシゾウ の臼歯と骨格の化石が発見され、ス鼻の海底の 唐戸層 から ナウマンゾウ の臼歯と骨格の化石が発見された。
 また昭和46年野津町寺小路の大分層群 滝尾層 相当の地層から シガゾウ の臼歯が発見された。さらにその後、大野町の 阿蘇 火砕流(かさいりゅう) 下の地層からナウマンゾウの臼歯、大分市西明野の 明野西小学校 下の大分層群滝尾層からトウヨウゾウの臼歯と象牙の化石が発見された。
 大分に生息していたこれらの化石ゾウの中で最も古いのはアカシゾウで更新世前期の約150万年前まで生存していたとされている。次に古いのはシガゾウで更新世前期の約150〜100万年前であり、大分市付近に多数いたと考えられるトウヨウゾウは更新世中〜後期で約40万年前のもので、日本産のトウヨウゾウ化石では最も新しいものである。大分県のゾウ化石の中で最も新しいものがナウマンゾウであり更新世後期の約30万年前のものである。
〈ゾウのいた時代〉
 これらの化石ゾウが生息していた更新世の時代は、寒冷な気候(氷河期)と温暖な気候(間氷期)とが交互に訪れている。氷河期は4回訪れたがその時は地球上の広い部分が結氷したため海水面が下がり朝鮮海峡が陸となり日本列島とアジア大陸は陸続きとなった。アカシゾウやシガゾウの祖先たちがこの陸橋を渡って来たのは最初の氷河期のころであろう。またトウヨウゾウやナウマンゾウは朝鮮、中国の他に台湾、インドネシアからもその化石が見出されているので更新世中期以後にも日本列島とアジア大陸が陸続きになったことがあり、南方からも日本に渡って来たものと考えられる。現生のアフリカゾウやアジアゾウの生活をみると、草原やジャングル地帯で湖や川の水辺に生息している。このことから考えて、ゾウたちが生息していたころの大分は、温暖な気候の草原あるいはジャングルで、湖や川があった環境が推定される。なお瀬戸内海沿岸の各地ではナウマンゾウとともに オオツノジカ や ニホンムカシジカ の化石が発見されているが大分市牧の大分層群鶴崎層からニホンムカシジカの化石が発見されている。これはトウヨウゾウの化石の産出層準と同じである。
[日高 稔]

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