辛嶋氏 ( からしまし)
原始八幡神の巫女
宇佐辛嶋氏は渡来系氏族として、豊国に栄え 勝(すぐり)姓 をもつ旧族、「系図」には「辛嶋勝姓系図」と、古くより別れた漆嶋宿禰樋田氏を名乗る二氏のものがあるが、「 樋田系図 」には延喜22年(922)に「 駅館川 」と記されたり、かなり新しい時代の追補があるので、総家 辛嶋家系図 の方が正しい伝えが多い。この系図によると 素戔鳴命(すさのおのみこと)を祖とし、その子五十猛命が 新羅(しらぎ)より筑前御笠郡筑紫神社、豊国、恐らく新羅国神の祭りなどを得て宇佐に入り 宇佐氏 と共に 小倉山(おぐらやま) に 北辰(ほくしん)社 を 祀(まつ)ったらしい。のち 辛嶋郷 を本貫として栄えたが、 応神(おうじん)八幡神以前の原始八幡神、のち応神八幡に仕えた女性シャーマンの家であった。
<承和縁起と辛嶋氏>
正式には「宇佐八幡宮弥勒寺建立縁起」、ここでは〔承和縁起〕とする。この縁起は承和11年(844)国司の編によるとなっているが、実は寛弘のころ辛嶋氏の作という。この縁起は宇佐宮にとっては極めて貴重であり辛嶋氏系図とよく合う。しかし初期のころの表現には原始八幡を応神八幡神と重ね合わせた表現の所もあるので、これを分離してみると辛嶋氏の動きがよくみえる。こうしてみると辛嶋氏の神は香春(かわら)岳を経て、「宇佐郡辛国宇豆高島」に天降るとあるが、この場所は聖地稲積(いなずみ)山であろうと考える。 村の中の聖地が荒城潮辺(あらきのうみべ)(乙me八幡社) 酒井神社 宇佐河渡社(瀬社)、崇峻(すしゅん)天皇(588〜592)御代に鷹居社であり、鷹居社で荒(すさ)びて鷹となり、奇端を示し、家主上祖辛島勝 乙目が3年間奉仕して社殿を建てた。勝乙目(すぐりにおとめ)が祝(はふり)、意布売(おふめ)が禰宜となる。改新後の天智天皇の時代(662〜667)、鷹居より小山田社に移り、勝波豆米が禰宜として仕え、その後、宇佐氏の聖地小倉山に移り宇佐氏と共に北辰社を建てたようである。系図には「家主上祖」「勝 乙目」は敏達(びだつ)天皇(572〜585)の時から「祝職」だったと記している。次いで「古津米」(縁起になし)は推古5年(597)祝職、その子「志津米」は大化4年(648)禰宜とあり、系図、縁起共に酒井神社の「禰宜」とみえる。始めの「勝乙目」は縁起では年紀を記さず、系図では敏達から、和銅まで続いている。ということは乙目は初代以後5代まで絶えず同体つまり巫女(シャーマン)の通称ということにほかならない。「意布米」のとき始めて任官となったということは「託宣(たくせん)集」にいう和銅5年(712)の官社に認定の事(大神氏の伝承か)であり、ここに始めて縁起にみる大神比義が鷹居社でつながるとみるべきであろう。和銅以前の八幡は原始八幡神であり、道仏習合の韓国的シャマニズムとみるべきであろう。
<応神八幡神成立と辛嶋氏>
和銅に応神八幡神が成立したとみるべきで、それ以後の八幡宮の司祭者の性格は徐々に変化する。それは」宇佐氏本拠の小倉山に社殿が移り、神宮寺が建立されるようになると大神氏の勢力が強く出され、禰宜、祝も大神氏から輩出する。辛嶋氏は波豆米より、2代後に初めて男性が戸長となる。天平3年より天平勝宝6年(754)までは大神氏隆盛の時で辛嶋氏の盛りかえしの場はなくなり、天平勝宝7年より延暦元年(782)の27年間宇佐氏の登場の期間、再び辛嶋氏が禰宜として登場する。天平勝宝7年禰宜に補せられたが、託宣がないので解任され、子の志奈布米(しなふめ)が補せられ、天平宝字7年(763)與曽女(よそめ)が禰宜となる。託宣により祝辛嶋龍麻呂(たつまろ)と共に観音像を造り妙法堂を建立した。神護元年(765)志奈布米禰宜のとき大尾社に大神宮が遷座、それより15年間與曽米が禰宜となり、この時に道鏡、和気清麻呂(わけのきよまろ)の問題があった。系図には宝亀3年(772)阿古米が禰宜に補任(ぶにん)、とあるが翌年大神氏に変わり辛嶋氏」の禰宜はこれで終わった。
<惣検校に転職>
宝亀4年で辛嶋氏の禰宜は終わったが、祝職には龍麻呂が残り、平安時代には、豊比売(とよひめ)の子赤蜂(はち)が惣検校職に補任、史上に有名であった。彼は辛嶋井手を築き以後「辛島田」として現代まで伝わっている。12世紀には頼厳(らいげん)以後宇佐宮惣検校職と酒井泉社司職を守った。
<辛島氏庶流と瀬社社司>
庶流漆嶋姓樋田系図は信用できない点もあるが、辛嶋勝乙目の妹黒比売(くろひめ)が瀬社禰宜とあるが、辛島系の阿古米の子豊比売、漆嶋系の登与売(とよめ)の子並高(なみたか)を初代として大同3年禰宜兼瀬社司祝部となり、2代並末が日田八郎を称したと伝え、以後瀬社司祝部を世襲している。平安以来の文書を有し、その文書によると宇佐郡司職を帯している。近世には宇佐宮祀官(しかん)兼番長職を帯していた。
参考文献 中野幡能「八幡信仰の研究」 同[神道大系] 宇佐
[中野 幡能]
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