一村一品運動 ( いっそんいっぴんうんどう)

世界の注目をあびる元祖村おこし運動

 第47代大分県 知事 平松 守彦(もりひこ) が、知事に就任した昭和54年(1979)末自治行政連絡協議会で提唱して出発した。県下各市町村が自立自助の精神で、人づくりとものづくりを連動させながら地域の誇りとなるものをつくり、地域の活性化を図ろうというもの。類似の事業として、 木下 郁(かおる) 県政下の「 新郷土建設運動 」、 立木勝(たきまさる) 県政下の「 過疎地域緊急対策事業 」「 ふるさと振興事業 」等があったが、各市町村とも低成長経済下、 過疎 歯止めの方途として 企業誘致 に代わる人口定着の磁場となる 地場産業 の振興に腐心していた時期であり、ネーミングの良さ、県の持つ広報テレビ提供の効果もあって、一挙に全県下に広がった。今や 村おこし 町おこし運動 の一つのあり方として、全国の、さらに世界の注目をあびている。
〈県の支援 援助〉
 この運動は本来、各市町村 各地域の自助努力によるものであるが、県も次のような側面的支援を行っている。@地域特産品開発推進経費の助成、一村一品強化資金の利子補給。
A農水産物加工総合指導センターの開設など、各種試験研究機関の設置による技術的支援。
B大阪 東京での「大分フェア」や「一村一品の船」等を通じた生産品の紹介と販路開拓に対する支援。最近ではヨーロッパやアメリカでも「大分フェア」を開催した。県企画総室内の一村一品流通対策本部や官民出資の一村一品株式会社が流通促進の拠点。
C一村一品運動協議会による運動推進者の顕彰と派遣研修事業の実施。
D県事務所区域単位の「 豊の国づくり塾 」開設による地域リーダーの養成。
〈運動先行町村〉
 最初の顕彰が始まった昭和56年度の被顕彰者は次のとおりである。彼らの多くは、平松知事による運動提起以前にすでに動き始めており、その後の全県的運動の中ではリーダーとして活躍する。
【一村一品功績賞】副賞100万円。
1 玖珠町農業協同組合( 吉四六漬(きっちょむつげ) の特産品化、その他)。
由布院温泉観光協会(地域づくり)。
大山町世界を知ろう会(地域づくり)。
【一村一品奨励賞】副賞50万円。
1 国東町農業協同組合( キウィフルーツ の特産品化)。
庄内町阿蘇野林研グループ(地域づくり)。
院内町木賊グループ( 柚子(ゆず)の加工)。
功績賞 奨励賞の授与は56年度以降も毎年続けられ、各市町村の指定産品も300近くにまで増加したが、全国に通じ世界に通じるものがどれほど創出され、生き残って行けるかが注目される。
〈基本理念〉
 一村一品のほとんどは農山水産品であるが、それに若干の加工を加えた1.5次産業が推奨されている。単純生産品に付加価値をつけて売り出そうとするものである。一村一品運動には、消費者の志向が大量生産による画一的商品から多種多様な手づくり品へと変化しはじめる中で、割拠的な後進県こそ多品種少量生産のための条件に恵まれ有利であるとする逆転の発想があった。この運動で過疎に歯止めがかかるほど事態は単純ではないが、全県下で村づくり 町づくりの運動が沸きおこり、魅力ある地域づくりへの努力が積極化したことは評価される。生産を原点にすえての出発であったが、 鯛生(たいお)金山地底博物館 やI LOVE 湯布院塾、祭りやばけい実行委員会などにみるとおり、活動は多様化している。
〈豊の国づくり塾〉
 運動の活性化 多様化に「豊の国づくり塾」の果たした役割は大きい。塾の目標は、「地域に根ざし、いかなる環境の変化にも自力で対応し、挑戦できる人材を養成する」ことにあり、「視野をひろげ、自らの向上と地域繁栄の道を究め、それぞれの成果を実践に移し、地域に生きる」をめざす。塾是は「実践 啓発 継続」。58年度に日出塾 佐伯塾 日田塾が、59年度に国東塾 大分塾 竹田塾 玖珠塾 中津塾が発足し、60年度には県事務所所在地全域に及んだ。各塾とも塾生は30人前後で、塾生の互選による塾頭を中心にした運営である。20代 30代の若者が村おこしの先輩や県内外の著名人の話を聞き、討議し、交流を深める場となった。研修期間は2年。中国 四国の各県、北海道 山形県 長野県などへの研修旅行も行い、交流 研修を深めた。なお、 日出(ひじ)町に建設された「 一村一品クラフト公園 」は、一村一品運動への理解の深化を目的とした県営広域公園であり、県の伝統工芸である「 竹 」を中心に、直接体験コーナーを設けている。
 参考文献 大分県『県政のあゆみ』 平松守彦『一村一品のすすめ』
[末広 利人]

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