骨角器 ( こっかくき)

縄文時代のリフォーム

 縄文時代の 貝塚 からは、 土器 や 石器 とともに本来腐食しやすい骨や シカ の角等で作られた骨角器がよく出土する。これは、貝塚がカルシウム分に富むことから、人骨をはじめ有機質の骨角器の保存を助けているためである。大分県は貝塚遺跡の数は他県に比べると多くはないが、それでもいくつかの骨角器が出土している。
 日本列島では、西日本と比較して東日本に貝塚が多く、したがって骨角器の種類や量も多い。しかし最近では、西九州地方の海岸遺跡でも見事な骨角器が発見されており、東日本に比べて技術的に決して劣っているものではないことを示してくれる。
〈骨角器の材料〉
 骨角器は、その材料と用途によって、多様に分類される。材料は、 哺乳(ほにゅう)類 鳥類の骨、シカ カモシカ の角、 イノシシ イヌ等の牙、珍しいところではエイの尾等がある。また、用途も、モリ ヤス、 釣針 等の 漁撈(ぎょろう)具、 鏃(やじり) 等の狩猟具、首飾り等の装飾品、さらに鹿笛等がある。
 シカやイノシシの骨は硬くて強度があり、しかも解体直後の骨は比較的軟かく加工しやすい。おそらく大型のモリ ヤス等に利用されたとみられる。シカの角とイノシシの牙は、釣針によく使用されている。折れにくいという利点を最大に生かしたものである。とくにシカの角は、釣針の9割以上を占めている。また東北地方のモリの多くはシカの角を材料としている。エイの尾は毒をもっていることで、そのまま毒矢あるいはヤスとして使用されたと思われるものである。これらの材料は、いずれも食料のために捕獲された動物の解体後に残された骨 牙等であり、一種の廃物利用(リフォーム)ともいえる。自然の恩恵を余すところなく利用するという古代人の知恵をうかがうことができる。
〈骨角器の種類〉
 骨角器は主として海岸の遺跡から発見されているためその用途は 漁撈 に関するものが多い。 逆(かえ)りをもつモリは回遊するマグロ等の大型魚やアシカ等の海獣類を刺突するに使われたものである。モリは銛頭の形態により、有孔の回転式離頭銛と固定式銛に大別され、さらに前者は燕形離頭銛等に細分されている。西日本地方では、モリの出土は少ないが、長崎県対馬の佐賀貝塚、同多良見町の伊木力遺跡等で最近発見されている。
 ヤスは、小型の刺突具で逆りをもたない棒状のものである。これは矢の先に付ければ鏃となる。 ヤス については、大分県内においても、縄文後期の宇佐市 西和田遺跡 や大分市 横尾貝塚 で骨製のヤスが出土している。おそらく中型魚の捕獲に使用したものであろう。茨城県椎塚貝塚では、鹿骨製のヤスが刺さったマダイの頭の骨が出土している。
 釣針は西日本地方でも類例が増加している。釣針は、単式釣針と結合釣針に大別され、さらに単式のものは逆りの有無と位置により細分されている。単式釣針は、1個の素材を削り出して作ったもの、結合釣針は、軸部と針部を別個に作りあげて結びつけて使用したものである。県内では大分市 小池原(こいけばる)貝塚 同横尾貝塚 荻町 竜宮洞穴 で単式小型のものが出土している。とくに、竜宮洞穴では整品2点のほか、未製品1点があり、川魚漁に利用されたと思われる。一方、西九州地方では、「西九州型結合釣針」が長崎県を中心に福岡 熊本県等に分布している。これは、シカの角の分岐部の弯曲を軸に利用している点が特徴となっている。西九州型に限らず、結合型釣針は単式釣針よりも大型であり、大きいものは長さ10pを越える。
 このほか、小池原貝塚と横尾貝塚ではイノシシの牙製の装身具とみられるものが出土している。とくに横尾貝塚出土のものは垂飾用に孔をもっている。また西和田遺跡では、ヘラ状や扁平な三角形に仕上げた骨製品が出土している。さらに、国東町 成仏岩陰(じょうぶついわかげ) で、縄文後期の骨製の ノミ 、荻町 野鹿洞穴 でピン状製品等が出土している。
 特異な骨角器としては、 本匠(ほんじょう)村 聖獄(ひじりだけ)洞穴 で 人骨 を利用した骨器がある。これは足の脛骨を尖頭状に、手の 橈(とう)骨をヘラ状に加工したものである。いずれも後期旧石器の包含層出土のもので、同一文化層から 頭蓋骨(ずがいこつ)の一部と 黒曜石 製の台形様石器等が発見されてしる。本来、丁重に葬られるべき人骨が骨器として加工された例は、縄文時代においては知られていない。またそれが実用のものか、葬送の儀式にかかわるものか、判断できない。
 ともかく、骨角器は石器と並んで、縄文時代の重要な狩猟具 漁撈具であり、また工具 装飾品としても重要なものであった。そこには入手できたシカやイノシシ等を少しでもムダなく利用するという当時の人々の努力を垣間見ることができるのである。
[清水 宗昭]

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