国家総動員法 ( こっかそうどういんほう)

みんなが耐えたどん底生活

 昭和13年(1938)、第1次 近衛文麿(このえふみまろ)内閣によって制定された全面的統制法で、 日中戦争 の長期化に伴う国防目的達成のため、人的 物的資源の統制運用権限を政府に委任するものである。これに基づき各種統制法が勅令によって出され、国民の諸権利は全面的に制約され、議会は 形骸(けいがい)化し独裁政権の法的基盤ができた。昭和12年 蘆溝橋(ろこうきょう)事件を契機として日中戦争が始まり、その年12月には日本軍は中国国民政府の首都南京を占領した。しかし国民政府の首席 蒋介石(しょうかいせき)は首都を 四川(しせん)省の 重慶(じゅうけい)に遷して徹底抗戦を宣言し、英米またこれを支援して戦争は長期化の様相を呈した。近衛内閣はこの事態に対処するため12年には 国民精神総動員運動 を提唱し、翌年国家総動員法を制定したのである。この法律は労働 物資 貿易 金融その他経済活動のあらゆる分野にわたり、人的 物的資源の全てを国防目的に総動員する権限を政府に委ねるもので、 軍部独裁(ファシズム) の法的基盤となるものであった。この法律は細目を全て勅令(天皇の命令を伝える文書)の形式で布告されたので、国民はこれに異議をさしはさむ余地はなく、自由を大幅に制約された。布告された関係勅令(法)をまとめると、@人的資源の統制及び利用に関するもの12、A物的資源の統制及び利用に関するもの13、B資金の統制及び運用に関するもの4、C事業の統制及び運用に関するもの11、D文化統制及び運用に関するもの2であった。戦争が長期化すると成人男子の多くが兵士として戦場に出征し、他方では武器弾薬の生産増強のため 軍需産業 が拡大してまず労働力不足が深刻化しはじめた。人的資源の統制が実施に移され、従業員雇入制限令、従業員移動防止令と並び14年には有名な 国民徴用令 が制定される。これは軍需産業に必要な人員を国民から強制的に徴用することを定めたもので、これは軍隊の召集令状が赤紙なのに対し白紙であったから 白紙召集 と呼ばれた。労働力不足からの賃金の高騰に対しては15年に 賃金統制令 が制定され、また労働組合も15年には全て解散して 大日本産業報国会 に組織された。昭和16年12月8日 太平洋戦争 が始まり戦線が東南アジアや南太平洋にまで拡大し、加えて17年のミッドウェー海戦で日本が制海空権を失うと戦死傷者が激増して人的消耗が激しくなった。政府は成年男子の出征で不足する労働力を補うため学生 女子を労働力として動員することを計画した。学徒の動員については、16年 国民勤労報国令 により 学徒勤労報国隊 が結成され、18年には 学徒戦時動員体制確立要綱 が制定されて確立した。女子の場合も18年に 女子勤労隊 が結成され、19年には 女子 挺身(ていしん)勤労令 によって 挺身隊 に改組され学徒と共に軍需工場その他に動員された。動員数は学徒男子7,176名、女子8,361名計15,537名で(『激動の二十年』)、爆死等は43名(『大分県史』近代篇W)であった。敗戦の年20年3月には 国民勤労動員令 が実施され、男子12歳以上60歳未満、女子12歳以上40歳未満(既婚婦人を除く)の動員が決まった。ついで6月沖縄占領の事態に対処して 国民義勇戦闘隊 の結成が進められるにいたり、人的資源の総動員はその 極(きわみ)に達したのである。民需を抑制し軍需優先の物資供給を保障するのが物的資源や資金 事業等の統制である。国民生活に最も身近な面ではまず衣食住に関する生活必需品の統制が強力に推進される。主食の米は、出征や徴用による労力不足、肥料不足で生産が減退し、加えて外米の輸入減、軍需優先措置により民需用は極度の不足を来すようになった。14年には食糧報国の名のもとに 節米運動 (1割)が始まり、16年に入ると 配給 通牒(つうちょう)による 割当配給制 が実施され、同時に配給量は2合3勺となり昭和20年7月まで続く。15年には主穀が 供出制 となり、17年には 食糧管理法 が制定されたが米の不足は一層深刻化し19年には雑穀混入率が4割8分までになった。このような 統制配給 は 味噌(みそ)、 醤油(しょうゆ)などの調味料から生活必需品全般にわたり、県下では日中戦争開戦翌年から強化された。県下の動きを見ると、14年国内用綿製品の製造販売禁止、木炭 釘 針金 鉄線 糸など配給、15年学童用ゴム底布靴 マッチなど、16年タオル配給といった実績であった。16年に総動員法関連の 生活物資統制令 が布告されると統制は全商品に適用された。戦争末期には配給物資にこと欠いたのに加え 金属類回収令 で調度品まで皆無になった。17年には 企業整備令 が布告され民需産業や商店などが整理され、休廃業や軍需へ転換が推進された。 鯛生(たいお)金山 などの八山の休鉱をはじめ石炭 自転車 時計貴金属 呉服 洋品雑貨 洋服 米穀 酒 金物 食料品 菓子などにかかわる会社や店舗が整備の対象となった。総動員体制はこのように戦況の激化とともに強化されたが、それに不満を抱く者は非国民あるいは国賊として排除された。
[三重野 勝人]

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