公職追放 ( こうしょくついほう)

他律的な始まり、他律的な終わり

〈公職追放〉
  第二次世界大戦 後、 占領軍 によって進められた戦争支持 推進 指導者の公的職務からの排除の政策。戦争犯罪人容疑者の逮捕の他に、昭和20年(1945)10月、内務大臣 特高警察 一般警察幹部の追放を指示したのに始まり、軍国主義的 極端な国家主義的教員の追放を経て、同21年1月「好ましくない人物の公職よりの除去に関する覚書」および同年11月の地方政界 一般財界 言論界への拡大に至る一連の指示によって公職追放が行われた。『ポツダム宣言』の「軍国主義排除」の規定による者であった。『覚書』による追放は、A項=戦争犯罪人、B項=職業軍人、C項=極端な軍国主義団体の有力分子、D項=翼賛会、翼賛政治会、大日本政治会等の有力分子、E項=日本膨張に関与せる金融機関等の役員、F項=占領地行政長官、G項=在郷軍人会役員その他の範囲にわたった。作業はポツダム勅令による公職適否審査委員会によるものと知事指定によるものとがあり、追放された者は約20万6,000人にのぼった。
〈大分県における公職追放〉
 本県関係の追放処分者は、20年に 後藤文夫 、 重光葵(しげみつまもる) らがあり、『覚書』追放の第1回で 金光庸夫(かねみつつねお) 、 一宮房治郎 、 綾部健太郎 、 柏原幸一 、 大島高精 、 山口 馬域次(まきじ) 、 木下 郁(かおる) ら翼賛議員をはじめ 麻生益良 、 野依(のより)秀一 、 小野廉 、 御手洗(みたらい)辰雄 、 長野潔 、 大津征夫 、 大和田悌次 、 中村 元治(もとはる) ら32名が追放された。ついで中央指令第2回で 後藤秀雄 ら 武徳会 関係34名が追放された。また中央によるB項該当の軍人関係は1,322名であった。一方、知事指定の分は、昭和23年3月に大分県公職適否審査委員会が設けられて作業を始めた。委員長 梅田政勝 (経専教授)以下、 守永秀吉 ( 大分交通 社長)、 後藤久馬一 (弁護士)、石橋鞆次郎(判事)、 石田憲夫 ( 共産党 )の5人で構成、市町村長、市町村会議員、 在郷人会 関係、 翼賛会 翼賛壮年団 関係その他を審査した。こうして 平山茂八郎 、 財前克巳 、 麻生勝利 、 水之江文彦 ら、C項11名、D項671名、E項767名の計1,449名が公職追放の指定をうけた。また教育界については、学務課の抵抗もあって作業が難航 渋滞したといわれているが、結果は幼稚園1名、小学校29名、新制中学校14名、旧制中学校22名、新制高校9名、青年学校25名、その他教育関係者6名の計106名が教職を追われた。こうして多数が公職からしりぞいたために、地方議会や首長の座に多くの空白が生じ、必然的に政界その他に目ざましく新人が進出することになった。ただし、公職からの軍国主義排除の作業が、日本人自身によって自主的に進められたのではなく、占領軍権力によって他律的に進められたという事実は、この新旧交替のあり方に問題点を残したとされる。(石田雄「戦後民主改革と国民の対応」岩波講座『日本歴史』22巻所収など)
〈占領政策の転換と追放解除〉
 もちろん 未曽有(みぞう)の施策であり、かつ短期間に強行されたものであったから、当初から混乱や錯誤はあった。そこで昭和22年3月、公職資格訴願委員会が設けられて追放処分の再審査、救済の道が開かれた。しかし、これによる追放解除者はわずか148名にすぎなった。ところが、同24年2月に2度目の訴願委員会による再審査が始まり、25年10月までに陸海軍人3,250名をはじめとして実に1万90名が解除された。そこには、朝鮮戦争の 勃発(ぼっぱつ)、アメリカの対日講和促進政策、 警察予備隊 の創設と他方での レッド パージ などの事情を背景とする公職追放政策の明らかな転換があったのである。大分県関係ではこの時、 林房雄 、金光庸夫、 朝倉毎人 、 波多野政男 らが解除された。ついで昭和26年5月、リッジウェー最高指令官は占領下法令の再審査権限を日本政府に与えた。たちまち翌6月、日本政府は公職 教職追放令の改正を行い、以後10月までに約17万5,000名を解除した。追放解除もまた、アメリカの対日政策の転換による方針変更によって、他律的に始まったのである。大分県では、同年7月2日に知事指定のD項(翼賛会325 翼壮297) G項(在郷軍人会関係666)計1,288名の解除が告知され、8月2日には中央から教職関係2名の解除が発表された。ついで8月6日には中央指定分の第2次解除が発表され、また軍人関係も9月にかけて断続的に解除が発表されて行った。そして翌27年3月24日、重光葵、後藤文夫が解除され、軍人関係の一部を除いて、本県関係の解除はほぼ終わった。反響は複雑であった。「すっきりといい気持ち」と語る解除者もあった。 自由党 村上春蔵 は「現在の民主化が阻まれることはない。わが党は受けて立つ。」と語り、県婦連理事 岩久ツナ は「節操をもたれたい」と語った(いずれも『 大分合同新聞 』)。
[野田 秋生]

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