佐藤蔵太郎 ( さとうくらたろう)
大分県ジャーナリズム・郷土史研究の先駆者
1855−1942 大分県の文学 ジャーナリズム 郷土史研究の先駆者。健筆家で著書は数百に達する。佐伯城下下中島町の生まれで、父は佐伯藩の足軽佐藤瀬録。実子はなかったが、晩年佐藤隆徳を養子とした。墓は 養賢寺(ようけんじ) 裏山道にある。
〈出郷まで〉
安政2年7月10日生まれで、明治維新の激動期に幼少年時代を送った。実名を盛郷、字を子晩といい、蔵太郎は通称であったが、明治5年(1872)の戸籍法施行以後は蔵太郎を戸籍名とし、実名や字はほとんど用いなかった。ペンネームは鶴谷ほか多数見られる。明治初期は、生地佐伯で 関令蔵 松岡員外 楠文蔚 らについて漢学 詩文を学んだ。「漢学塾に通うや、衆を抜いてその師を驚かせた」という。その後、 佐伯中学 大分県師範学校伝習所 を経て、8年12月から約6年間、 鶴谷女学校 および 佐伯小学校 の教員を務めた。丁度 自由民権運動 の季節と重なるが、蔵太郎は13年6月、 松野茂平 青山作十郎 らとともに政治結社 青年 久敬(きゅうけい)社 を組織、その社長に就任している(『佐伯史談』第89号)。
〈ジャーナリズムと文学〉
明治15年1月には、東京の郵便報知新聞社に入社した。14年の政変で大隈重信とともに下野し、報知新聞社長に就任していた 矢野文雄 ( 龍渓(りゅうけい))の招きによるものである。龍渓の著述として有名な政治小説『 経国美談 』も、龍渓口述分を蔵太郎が筆録したものであった。蔵太郎の処女出版物で、東京においても話題となった『 惨風悲雨世路日記 』(17年刊)は『 田舎新聞 』に連載していた小説「艶才春話」を改題し、 上梓(じょうし)したものである。龍渓は『経国美談』の自序で、「佐藤蔵太郎氏ハ同郷ノ人ナリ。小説ヲ好ミ叙事ニ長ズ」と記しているが、その後の新聞記者時代、蔵太郎は多数の小説を書き、俳句や和歌 評論も手がけている。
〈県下初の日刊紙刊行〉
報知新聞記者2年半ののち、大阪毎日新聞記者(17年9月〜) 島根県八雲新聞社長(18年2月〜)を経て、19年9月には内紛後の 豊州新報社 に主筆として招かれ、帰郷した。以後大分県を離れることはなかったが、23年10月には 大分新聞社 に移り、25年5月にはここも飛び出し、7月には独力で『 大分日報 』を創刊した。創刊の辞は次のとおりである。「中立と叫び、不偏不党と唱ふる文字の 如(ごと)きは、聞く者をして無私公平ならんとの思想を起さしむるが如き価値あるに似たりと雖も、…… 矇昧模糊(もうまいもうこ)の間に愛顧補助の利益を壟断せんとの目論見に出でたるものなしとせざるなり……吾人は純味なる自由主義を確執して、全県下の吾人と意見企望を同ふするの志士と共に、国家の為め地方の為め福利幸栄を図り、新聞紙たるの本分を全ふせんとする者なり」。意気軒昴たるものがあり、発刊1周年を過ぎた26年10月1日からは、さらに隔日刊を改めて日刊とし、『 大分日々新聞 』と改題した。実に、県下初の日刊紙誕生であった。しかし、『大分日々新聞』は、経営難のため27年1月には休刊に追い込まれ、その後再興されるが、28年にはついに廃刊となる。
〈郷土史への没入〉
これまでも、新聞紙上に歴史小説等を連載するなど、歴史への興味は早くから見せていたが、35年4月には県下初の郷土史研究組織 豊国史談会 を組織し、機関誌『 豊国史談 』を刊行し始めた。豊国史談会は、「遺跡ノ 湮滅(いんめつ)ト史料ノ 散佚(さんいつ)」を憂え、「豊国ニ於ケル古今ノ事歴ヲ明ラカニスル」ことを目的とした。したがって『豊国史談』も、「歴史家が修史の資料に供する為め、其ノ材料たらんと思惟するものを、得るに随いて編さんしたるもの」であった。35年中に第2号まで、36年に4号まで刊行したのち、休刊となり、38年復活して第5号を出すが、6号以降は確認できない。会員維持ができなかったためと思われる。雑事に追われつつ、明治末の佐藤は、『 豊後史蹟考 』『 豊国小史 』『 大分県町村沿革誌 』『 大分県会史 』『 別府温泉誌 』『 馬城峯挙兵実記 』など、数々の史誌類を著わした。そして、「大正元年郷里佐伯に帰って」からは、さらに、「専心史筆をとるようにな」ったという(『佐伯史談』第89号)。主要著書を拾っただけでも『 別府町史 』『 佐伯志 』『 宇佐神宮記 』「 大分県管内全史 」『 宇目郷史 』『 臼杵町史 』『 大分県警察官遭難殉職記 』「 南海部郡史 」『 姫島史 』『 西国東郡誌 』『 宇佐郡政史 』『 大分県被贈位者略伝 』などがあり、正に息つく間もない健筆ぶりである。しかし、大正末発足の 大分県史蹟名勝天然記念物調査会 の委員に任じられながら、『調査報告書』に佐藤の報告文は見られない。高齢化と手法のちがいによるものであろう。
参考文献 『佐伯史談』第89号 長野潔『大分県政党史』
[末広 利人]
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