修史事業 ( しゅうしじぎょう)

大分県史料・郡村誌から大分県史まで

 大分県全域か、それに近い広域を対象とした史誌類では、奈良時代の『 豊後国風土記 』や鎌倉時代の『 豊後国 図田(ずでん)帳 』、江戸時代の『 豊後国志 』『 豊前志 』などがあり、明治以降その数は増加するが、地誌的なものが中心であった。総合的で広域的、全時代を対象とした歴史の 編纂(へんさん)事業が本格的に行われるようになったのは、戦後のことである。『 大分県政史 』全4巻(大分県刊 昭和30〜33年) 『 大分の歴史 』全10巻(大分合同新聞社刊 昭和51〜54年) 『 大分県史 』全21巻(大分県刊 昭和56〜平成3年)などが、その代表的成果である。ボリュームと費した年月 経費 労力、動員した学者 研究者の数などからいって、『大分県史』が過去最大の修史事業であり、その定本的地位はしばらく続くものと思われる。
〈「大分県史料」と「郡村誌」〉
 大分県成立後最初の修史事業は、「 大分県史料 」と「 豊後国郡村誌 」の編纂であった。ともに、治政の基礎資料を求める明治政府の命により、国庫下付金によって行われたものである。明治7年(1874)県庁庶務課内に編 輯(しゅう)専務( 高取成章 と 加藤 賢成(けんせい) が中心担当者)を置いて事業に当たった。「大分県史料」23巻は17年までに、「豊後国郡村誌」も18年には事業を終結させたようである。「大分県史料」は、政府提出分が国立公文書館に保存されているが、明治前期を中心に江戸期を含む文字通りの史料集である。 大分県立図書館 保管史資料にも、この時の副産物と思われるものが少なくない。「郡村誌」は政府提出分が関東大震災で焼失し、県控え分が大分県立図書館に保管されているが、「大分郡村誌」と「海部郡村誌」が欠落している。ともに未完に終わったものと思われる。明治9年現在の各町村ごとの諸統計は貴重である。
〈歴史学と郷土史の 乖離(かいり)〉
 明治35年県下初の郷土史研究組織である 豊国史談会 が発足し、機関誌『 豊国史誌 』を刊行したが、長くは続かなかった。大正8年(1919)史蹟名勝天然記念物保存法が成立すると、県にも調査会が発足し、11年以降毎年報告書が刊行され、 県史蹟研究会 も組織された。前後して、郡規模程度の 史談会 も続々発足する。これらを背景にして、郡制廃止期から昭和天皇即位大典期を中心に、多くの郡 市町村で史誌類の編纂が行われた。しかし、特殊部門史を除外すると、全県を包括した史誌類は、『 豊国小志 』(大分県編 明治40年)と『 大分県史要 』(大分県教育会 昭和16年)ぐらいである。戦前はいまだ、学問としての歴史学と郷土史が乖離しており、学者の修史事業への参入は少ない。
〈『大分県政史』の刊行〉
 昭和27年、サンフランシスコ条約の発効を記念して企画されたのが『大分県政史』である。28年大分県知事室企画調査課に 細田 徳寿(とくじゅ) 知事 を会長とする大分県政史刊行会が設置されて事業は発足したが、 矢野孝吉 佐藤 義詮(よしあき) 筒井清彦 加藤真一郎 らも専門委員として直接企画に加わり、企画調査課の 松田守人 駒木清明 が編集の任に当たった。全県規模で行政と学者 研究者が協力した、はじめての歴史編纂事業であった。 大分県地方史研究会 の発足後間もない時期の事業であり、戦後地方史研究の累積の不十分な中での限界はあるが、 壮挙(そうきょ)であったといえよう。4巻の構成は、県政篇 県勢篇 教育史篇 風土沿革通史篇である。
〈『大分の歴史』の刊行〉
 『大分県政史』から20年を経た昭和50年代初頭、大分合同新聞が、創立90周年記念事業として『 大分の歴史 』全10巻を刊行した。編集担当者は、 賀川光夫 中野 幡能(はたよし) 渡辺澄夫 後藤重巳 豊田寛三 富来隆 勝目忍 染矢多喜男 らであり、渡辺が総監修の任に当たった。各巻1万部という刊行部数は県内で刊行の歴史物では、かつてない記録であった。『大分県政史』に比べ、読み物としての工夫がなされているほか、地方史研究の成果が多く盛り込まれ、研究水準を向上させた。
〈『大分県史』の編纂〉
 明治百年や置県百年を期に、全国で都道府県史の編纂が始まった。大分県では、『 教育百年史 』にとり組んだため、事業開始はやや遅れた。 立木勝(たきまさる) 県政下の昭和50年ころから事務局体制が整えられ、56年の美術篇を皮切りに全21巻の刊行が始まった。内容構成は、先史原史篇2巻、古代篇2巻、中世篇3巻、近世篇4巻、近代篇4巻、現代篇2巻と、美術篇 民俗篇 地誌篇 方言篇各1巻ずつである。渡辺澄夫(専門委員長)のほか、県下の多数の学者 研究者が編集 執筆に当たった。平成3年完結の予定である。事務局に 橋本操六 以下の専任スタッフを揃え、史資料の収集に専念したことが、これまでの事業と異なる点であった。県内市町村史誌の編纂者 執筆者も、県史の場合と重複している場合が多い。
[末広 利人]

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