石風呂 ( いしぶろ)

西瀬戸にひろがるサウナの源流

 『日本民俗事典』(大塚民俗学会編)の「石風呂」の項には「石焼きの原理を応用した蒸気浴による医療施設」とある。蒸気浴の施設、それはサウナの一種である。近年は「湯屋」と「風呂屋」を混同しているが、前者は湯浴、後者は蒸気浴ないし熱気浴である。石材による蒸風呂施設が石風呂である。
〈石風呂の分布〉
 石風呂のある地方は限られている。種子島、熊本、大分、山口、広島、愛媛、香川、徳島などにあり、京都、三重が北限で東日本にはない。西瀬戸地域を中心に分布し、山口 大分両県に多く遺存している。国指定の重要有形民俗文化財は、大分県は山香町山浦の石風呂、緒方町尾崎の石風呂の2件。山口県は 久賀(くか)町久賀の石風呂、徳地町岸見の石風呂の2件。国指定史跡は山口県徳地町の野谷石風呂の1件のみ。県内では緒方に最も多く遺存しているが、山香のほか、真玉、日出、別府、臼杵、朝地、天瀬にある。県指定の有形民俗文化財は臼杵の塩石の石風呂、緒方の 辻河原(つじごうら) 市穴(ひとつあな) 上戸(じょうご) 中ノ原の各石風呂の5件。石風呂のことを地方によって 塩石 、藻風呂、塩風呂、かま風呂などと呼んでいる。
〈石風呂の形式と使用〉
 石風呂は大別すると二つの形式がある。 火室(かまど)と浴室が一つであるもの、火室の上に浴室がある2階式のもの。前者は更に平地に瓦窯のように石材と粘土で築造したもの、岩壁などをくりぬいて横穴古墳式に作ったものとの2種類がある。瓦窯式蒸風呂は久賀、岸見の石風呂。横穴式蒸風呂は野谷、塩石、中ノ原の石風呂。2階式蒸風呂は山浦、辻河原、市穴、上戸の石風呂である。火室と浴室が一つになっているものは、石室内で枯柴などを焚いて室内を熱し、おきを取りだした後、海水をかけた海藻などを敷いて湯気をたてる仕組み、ぬれわらを敷き、その上にむしろを置いて蒸気をたてるもの、石室内の水 溜(だ)めに頭大の焼石を投じて水蒸気をたてる仕組みとなっているものなどがある。2階式のものは火室で枯木などを焚き浴室の床石が熱するのを待って、その上に 石菖(せきしょう)やよもぎ等の薬草を厚く敷き詰めて水をかけ、湯気をたてて蒸浴するもの、ぬらした海藻などを敷き詰めた上にむしろを置いて利用するものがある。
〈山浦の石風呂〉
 杵築湾に注ぐ八坂川の上流近くにある山香の石風呂は重要有形民俗文化財。国指定名称は「石風呂」。大字山浦長田にあるので「 山浦の石風呂 」。 泉福寺(せんぷくじ) 廃寺跡の西南側崖面を利用して造られているので「泉福寺石風呂」とも呼ばれている。金亀山泉福寺は伝説では養老年間に 仁聞菩薩(にんもんぼさつ) が開基、後に 曹洞宗(そうとうしゅう) に属し観応3年(1352)に再建、明治初年に廃寺。その境内の崖面を利用した2階式蒸風呂。築造年代は不明であるが、安永8年(1779)書写の『山香郷図跡考』の山浦村の条に門前に石風呂があると記しているので、それ以前のもの。左壁と奥壁は自然の岩を利用、他は両面 板碑(いたび) 2基、板碑18基、 角塔婆(かくとうば) 1基、 五輪塔(ごりんとう) の基礎12個などを使って築造。暦応3年(1340)、康永元年(1342)在銘のものもあるので、それ以降の築造であることはいうまでもない。浴室は横幅約130p、奥行は約142p、高さ約115p。火室は横幅約50p、奥行約97p、高さ約45p。外側上部は30p余りの封土で覆っている。使用方法は下より火を焚き、床面には石菖やよもぎ等の薬草を厚く敷きつめ、むれてくると上から水をまき、湯気で浴室が温まると入室。神経痛、リューマチ、腰の痛みや疲れ等によくきき、明治初年まで使用していた。
〈尾崎の石風呂〉
 緒方町大字 小宛(おあて)尾崎の 凝灰岩(ぎょうかいがん) の岩壁をうがって造った2階式蒸風呂。国指定重要有形民俗文化財、指定名称は「 尾崎の石風呂 」。緒方では石風呂のことを「塩石」と呼んでいる。浴室は横幅約2m、奥行2m余、高さ1.5m余。火室の焚口横幅は49p、高さ50p余。火室の上は7枚の板状の切石でおおい、隙間は人頭大の自然石でうずめて浴室の床としている。浴室の入口には内と外から2枚のむしろをさげて熱の発散を防ぐようになっている。前方には1m余の水路があり、左方は掘り広げ深くし水浴の場となる。右側岩壁はうがたれて石造の薬師如来坐像を安置。昭和40年ころから再び使用しているが、火室で薪を燃やし床面の熱するのを待って、浴室内に石菖等の薬草を厚く敷きつめ水をかけ、湯気をたて、中に6〜7人づつ交替で入って蒸浴する。保存に全精力を傾けた三宮君男は「薪の良否にもよるが初釜は約2時間、翌日以降は1時間内外で石棚は45度位になる」と書き残している。石風呂は治療、地域の慰安の場であると共に、法悦の世界でもあったようである。
 参考文献 入江英親『豊後の石風呂』
[後藤 正二]

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