市制 ( しせい)

大分市と、続く4市の成立

 地方自治体としての市の制度を定めた法律。大日本帝国憲法の発布や帝国議会の開設に先立ち、 町村制 と一体で明治21年4月公布された。施行は22年(1889)4月。総則、市会、市行政、市有財産の管理、市区の行政、市行政の監督、附則の7章133条からなる。 府県制 郡制と異なり、一応完全な自治体としての要件を有していたが、自治権は弱かった。市長は、3級選挙で選ばれた市会の推薦により内務大臣が選任するとされており、市長 助役 名誉職参事会員からなる 市参事会 が執行機関であった。その後、明治44年の改正で、執行機関は市長独任となり、市会議員ともども市長の任期は6年から4年に縮められ、大正末から昭和初期にかけて、等級選挙が徐々に改められたほか、自治権の拡大がはかられた。
〈大分市の成立〉
 全国に39の市が成立した明治22年ころ、わが大分県には、人口2万5千という市の要件を満たす都市はなく、明治末にようやくはじめての市が成立することとなる。22年現在、県下町村の人口順位は中津町(1万2,583) 大分町(1万804) 臼杵町(1万139)の順であり、31年 36年も同様であった。しかし、県都たる大分町の都市機能は、30年代には周辺町村に拡大しはじめた。 大分県師範学校 の 駄原(だのはる)移転(明治33年)等を契機に、大分町と西大分町 荏隈(えのくま)村 豊府村の合併話が持ち上がり、40年にようやく実現する。新大分町は一躍人口2万5,971を擁する大都市となったが、41年 歩兵72連隊 が駄原兵舎に創設されると、さらに人口は3万に近づいた。43年8月内務省は告示第103号で、大分市を市制施行地に指定し、44年4月1日付けで大分市が成立した。時に戸数5,282、人口3万1,249であり、全国で61番目、九州では10番目の市であった。初代市長は 後藤喜太郎 。なお、44年中には、 豊州鉄道 大分線も大分まで伸長 到達し、 大分港 の築港も始まった(完工は大正4年)。 大分紡績株式会社 (のちの富士紡)の進出(明治45年)にみるように、陸海の交通網の整備と歩調を合わせつつ、県都大分市の都市機能はさらに拡充して行く。
〈別府市の成立〉
 県下第2番目の市は別府市であった。別府と浜脇が村から町へ昇格したのは明治26年であったが、39年両町は合併し、人口1万4,045人の新「別府町」となった(県下第4位)。その後、 吉田嘉一郎 市政下、市区改正事業、上水道布設事業、海面埋立事業、共同墓地火葬場の新設等が行われ、入湯の街は面目を一新した。大正2年(1913)の人口は、中津 臼杵 佐伯を抜いて2万1,970に達する。このころ、町内の源泉数は町有25個、個人有569個で、年間浴客数は50万人を超えていた。明治44年には 別府駅 亀川駅 が開業しており、大正3年には 大阪商船 の 別府桟橋 も完成した。 泉都自動車会社 による 地獄遊覧自動車 は大正9年に始まった。内外からの観光客 入湯客が増加する中で、13年4月1日戸数7,404、人口3万6,276の観光保養都市別府市が成立した。初代市長は 神沢又一郎 。
〈中津市の成立〉
 二豊諸藩中最大の 石高(こくだか)を有していた 中津藩 の 城下町 は、明治後期まで県下第一の人口を擁する最大の町であった。しかし、明治末から大正期にかけて、大分市に抜かれ、別府市に抜かれ、中津市の不振が叫ばれ始めた。ひとり豊田村には、 中津駅 鐘紡 豊中製糸 が立地し、 耶馬渓(やばけい)鉄道 の基点となり、 中津絹紡織 (のちの富士紡)が進出し、発展した。大正9年の人口は、中津町の1万3,602、大楠 大江両村の各2,500前後に対し、豊田村は5,589(明治36年は3,220)であった。 和田豊治 などは、大正中期から町村合併と市制施行を、中津発展策の最大急務と力説していた。合併話は容易には進まず、旧藩主 奥平昌恭 が説得にかつぎ出されたこともあった。県地方課長の仲介等もあって、大正14年中津町と豊田村 大江村が合併し、新「中津町」が成立するが、さらに昭和4年(1929)1月小楠村がこれに合併し、4月20日ようやく戸数5,725、人口3万125の商工業都市中津市が成立した。初代市長は 佐藤寅次 。
〈日田市 佐伯市の成立〉
 日田市と佐伯市は戦時体制真只中に成立した。皇紀2600年記念事業の意味を持つ。林産観光都市日田市は、日田町と三芳 光岡 高瀬 朝日 三花 西有田の6村が合併して、昭和15年12月11日成立した。初代市長は 首藤今四郎 。 佐伯航空隊 をかかえる佐伯町は、12年の鶴岡村 上堅田村と合併に加えて、16年八幡村 大入島村 西上浦村と合併し、4月29日市政を施行した。初代市長は退役陸軍中将の 郷田兼安 。地方自治法以前の県下市制施行地は、以上5市である。
 参考文献 亀卦川浩『地方制度小史』
[末広 利人]

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