地場産業 ( じばさんぎょう)
木蝋・和紙・竹細工
地域の特産品などを生産する伝統的産業。明治11年(1878)の「管内著大物産表」によると、本県の重要物産は 七島莚(しっとうむしろ) 煙草(たばこ) 菜種(なたね) 生蝋(せいろう) 紙類 干鰯(ほしか) 石灰 竹木 製茶 炭であった。また、『道庁府県重要工産物一覧』は31年のものに酒 醤油(しょうゆ) 酢 生蝋 晒蝋(さらしろう) 和紙 青莚(あおむしろ) 花莚(はなむしろ) 生糸 絹織物 綿織物 菜種油 砂糖 畳 麦稈真田(ばっかんさなだ) 木炭 鍋釜(なべかま) 鋤先(すきさき)をあげている。このほか竹製品 縫針(ぬいばり) 下駄(げた) 瓦(かわら) 陶器 扇子(せんす) 団扇(うちわ) 和傘(わがさ) 芽生姜(めしょうが) 椎茸(しいたけ) 明礬(みょうばん) なども知られた。これらのすべてが特産物とは言えないが、工業の発達の遅れた本県にあっては主要な物産であり、地域的な特色をもつものといえる。しかし、今なお残るものは少ない。多くが輸入品 代替品、大企業による大量生産に押されて姿を消した。
【蝋】 櫨(はぜ)の実を絞ってつくり、ローソクや 鬢付(びんつけ)などに用いられた。西国東 東国東 速見 大分 日田 宇佐 下毛郡に多く、製造家としては豊後高田の清末、日田の草野 森 松本 大蔵などが著名。日田の 上掛蝋(うわかけろう)は上質で知られた。明治28年の製造家は314戸、生蝋33万余貫を生産している。やがてパラフィン 西洋ローソク 安価な輸入蝋に押され、石油ランプ 電灯の普及によって衰退した。
【和紙】原料の 楮(こうぞ) 三椏(みつまた) 雁皮(かんぴ)などからつくることを 紙漉(かみす)き 抄紙という。南海部 直入 大分 日田 大野郡にさかんで、明治30年の製造戸数は1,809戸。判紙 美濃紙(みのがみ)など7万5,592 締(しめ)(1締めは2,000枚)の生産があった。一時は2,100戸を超える製造家がいたが、機械製の和紙や洋紙の普及で明治末期には半減している。
【竹製品】 笊(ざる) 篭(かご) 竹ほうきなどの生活用品は各地に産するが、別府では温泉土産、工芸品として発展した。カゴ スダレ ミス 柱隠しなどが多かったが、明治35年に 工業徒弟学校 が設立されてからは、青物(無着色)に加えて黒物(着色)がつくられ、製品も多様化した。大正4年(1915)に別府竹工協会が組織されると、 竹工芸 が一段と盛んになる。製品が高級化され、 藍胎(らんたい)漆器 などもつくられるようになった。別府で育った竹工芸家も多い。その一人 生野祥雲斎(しょうのしょううんさい) は昭和42年(1967)重要無形文化財竹工芸保持者の指定を受け、 人間国宝 となった。
【麦稈真田】 裸麦(はだかむぎ)の茎を 真田紐(さなだひも)状に編んだもの。麦わら帽子や敷物などに使われた。下毛 大分 西国東などに盛んで、盛時には職工100人以上を使用する工場もあった。
【 鋳物(いもの)類】鍋 釜などの鋳物は高田町(豊後高田市) 大分町 駄原(だのはる)(大分市)を主とする。駄原は中世の末から 駄原 金屋(かなや) と呼ばれた 鋳物師(いもじ) の集落があり、 梵鐘(ぼんしょう) などの鋳造で知られていた。明治期は両町とも鍋 釜の生産が主で、毎年約40万個がつくられていた。
【縫針】別府の温泉土産としても有名であった。明治18年の生産額は1万疋(1疋は100本)。泉屋の製品は (マルイチ)針の名で好評を受けたという。
【下駄】日田町(日田市)が盛ん。明治40年の生産額は193万余足、日田がそのうちの63%を占めた。材料は桐を主とするが、 杉 朴(ほお)の木なども使われた。杉 松が広く使われたのは大正になってからである。日田はまた 木工芸 の盛んなところで、製材業のほか和洋家具 机 椅子(いす) 黒板などの集団地をなしており、 漆器 の生産もある。
【砂糖】明治の初め西国東郡に盛んで、東国東 速見 北海部 南海部郡へと広まった。40年の製造家は750戸、搾車数60台で、黒砂糖3万余斤のほか白砂糖 赤砂糖の生産があったが、輸入品におされて衰退した。
【茶】政府が輸出品として奨励した。明治8年勧業寮は 木浦(きうら)鉱山 (宇目町)に設けた伝習所で 紅茶 緑茶 烏龍(ウーロン)茶 の製法指導を始めたほか、県も15か所に伝習所を設けるなど積極的であった。 士族授産 にも取り上げられ、 開産会社 (竹田町) 純洽(じゅんこう)社 (佐伯町)が設立された。生産は日田郡に多く、南海部、大野郡がこれにつぐ。40年の生産額は番茶 煎茶 玉露 紅茶 烏龍茶など10万5,000貫余り。今は杵築市 弥生町 本匠村 中津江村 本耶馬渓(ほんやばけい)町 耶馬渓町 山国町などが特産品としている。
【瓦】北海部 宇佐郡に多く、 神崎瓦 は広く知られた。
【陶器】近年各地に 窯(かま)が開かれているが、日田市の 小鹿田(おんた)焼 は宝永2年(1705)に始まる。 柳宗悦(やなぎむねよし) に見出され、 バーナード リーチ の来訪で脚光をあびたが、伝統的技法を守りつづけ、深い民芸的味わいをもつ。
【椎茸栽培】明治に入って盛んになり、ほだ木に椎茸菌を打ち込む方法が開発されるなど、栽培技術が進んだ。大野 日田 玖珠 南海部 直入 下毛郡に多く、日本一の生産量を誇っている。
このほか別府の明礬 湯の花 芽生姜、下毛郡の扇子 団扇 和傘、北海部郡の みかん なども特産品と知られた。「 一村一品 」は現代の特産品づくりでもある。
参考文献 『大分県案内』
[河野 昭夫]
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