前期旧石器論争 ( ぜんききゅうせっきろんそう)
丹生台地と早水台
戦前、日本列島にはないとされていた旧石器時代遺跡は、戦後の急速な研究の進展により、今日まで全国で100か所以上も発見されている。その遺跡の大部分は、後期旧石器時代と呼ばれる約3.5万〜1.2万年前の時期のものである。
旧石器時代は、ふつう、前期(7万年以前)、中期(7万〜3.5万年前)、後期(3.5〜1.2万年前)の3期に区分される。これは、世界的にも通用する文化的な区分法であるが、日本では、最近、前期(3万年以前) 後期(3万〜1.2万年前)という2期区分法を使用することが主流となってきていた。従来、日本列島で前期旧石器文化が存在するかどうかの議論は、前者の3期区分法による7万年以前の文化の存否が問われていたのである。ところが近年、東北地方を中心に3万年以前の遺跡の発見が相次いだことにより、2期区分法が主張され、若干の混乱を生ずるようになった。
宮城県の 座散乱木(ざざらぎ)遺跡や馬場壇遺跡は間違いなく人工の石器を出土している3万年以前の石器文化であり、2期区分によれば問題なく前期旧石器時代に属する。しかし、この2期区分法についてはまだ異論のあるところで、これによって日本に前期旧石器文化が存在したことが認められたわけではない。最近では、再び、3期区分法を採用する方法が主流を占めてきており、傾向として歓迎すべきことと思われる。
〈大分県が舞台となった前期旧石器論争〉
大野川 の下流右岸にある 丹生(にゅう)台地 で 旧石器 らしい原始的な石器が地元民によって採集され、それが契機となって本格的な発掘調査が古代学協会によって行われた。昭和38年(1963)〜40年に実施された、前期旧石器の調査としては最初で最大のものである。その結果、残念ながら整然とした層位関係は確認されず、古い 礫(れき)層中から出土したものは、石器と断定するのに疑問視されるものであった。一方、明らかに石器とみられるものは、表面採集あるいは上層部からの出土のもので、層位的にとうてい前期旧石器とするには問題のあるものである。それらの石器をよく観察すると、小型の石器には後期旧石器時代の ナイフ形石器 や 細 石核(せっかく) があり、また大型の 礫器 の中には、 局部磨製 石斧(せきふ) や片面あるいは両面加工の礫器等がある。局部磨製石斧は、日本の各地の後期旧石器時代遺跡から出土しており、片面あるいは両面加工の礫器にしても後期旧石器あるいは縄文時代早 前期の文化にも伴うものである。
こうしてみると、丹生台地の前期旧石器といわれたものは、そのほとんどが新しい後期旧石器文化に属するもので、確実に前期旧石器文化(7万年以前)に伴う石器は存在しない可能性が高いのである。
一方、 早水台(そうずだい)遺跡 は、縄文時代早期の遺跡として有名であり、その下層から後期旧石器が出土したことが、前期旧石器文化の調査のきっかけとなった。これは、当時の東北大学教授芹沢長介が中心となって行い、前期旧石器論争の本格的な引き金となったものである。発掘調査の結果、後期旧石器文化の層よりさらに下部の礫層上面から多数の石英粗面岩を主体とする石器類が発見された。またその中には、 姫島 産 ガラス質 安山岩(あんざんがん) 製の小型の チョッピングトゥール (両面加工の礫器)が1点出土している。石英粗面岩類は遺跡の岩盤の中にも見られ、出土石器の中には、石器といってよいものから自然の角礫に近いものまで見られる。
早水台の礫層上面層は、3万年よりも古いものと考えられ、前期旧石器の時期の可能性もある。しかし、それらの中で石器とされるものは一部であり、芹沢長介氏がいくつかの器種に分類されているものの中には、自然礫の衝撃によって生じたと見られる礫も存在するものと思われる。自然礫が堆積の過程で偽石器を生ずることはよく知られていることであり、それが腐食礫層の中であっても、堆積状況からみて、礫間の衝撃を考えなければならない。
このほか、三重町 上下田遺跡 の 阿蘇W ( 溶結 凝灰(ぎょうかい)岩 )直上から出土した石器(石核と両面加工石器)も前期旧石器文化に含められているが、これは、2期区分法によるもので、3期区分によれば、中期旧石器末か後期旧石器の初頭に位置付けられるものと思われる。阿蘇Wの噴出は約4万年前であり、あるいは九州地方では、これを中期旧石器と後期旧石器時代の画期とするのに有効かもしれない。ただ、これについては、阿蘇Wを約7万年前の噴出とする意見もあり、むしろ前期旧石器と中期旧石器時代の画期とする案も生じてくると思われる。
ともあれ、大分県は学史的にも前期旧石器の存否論争の舞台となったところであり、また研究のフィールドとしても好条件を備えているところである。近い将来、確実に前期旧石器時代の遺跡の発見が期待されるところである。
[清水 宗昭]
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