隣保班(隣組) ( りんぽはん(となりぐみ))
戦争への協力体制
戦時体制下の隣保相互扶助組織。制度化されたのは昭和15年(1940)。内務省訓令「部落会 町内会等整備要領」による。部落会 町内会の下に10戸内外の隣保班が編成された。 大政翼賛会 の指導下で供出 配給 防空演習 公債消化 廃品回収 戦勝祈願 「出征」兵士見送り 奉仕作業等の実践事項を行い、地方行政の末端機構としての役割を果たした。戦後22年、制度的には廃止。
〈隣保班=隣組の設置〉
昭和12年日中全面戦争の 勃発(ぼっぱつ)後展開した 国民精神総動員運動 の一環として、隣保班の組織化が図られた。大分県では13年4月、総務 学務 経済 警察4部長名で「隣保班ノ組織活動ニ関スル件」が市町村長あてに 通牒(つうちょう)された。通牒はつぎのように記した。「時局ニ 鑑(かんが)ミ挙国一致体制ノ強化徹底ニ資スル為、左記要項ニ 依(よ)リ、県下全市町村内ニ最下級ノ実行単位トシテ隣保班ヲ組織し、部落(区又ハ町内)常会等ノ自治 教化 産業 保健 防空 防火等各般ノ実行事項ヲ各家庭ニマデ徹底セシムルト共ニ、古来伝承シ 来(きた)レル隣保相扶ノ美風ヲ一層顕現セシメ 度(たく)候」。隣保班は5戸ないし20戸で組織することとし、従来の講組(葬式組)その他これに準ずる小団体(組)を適宜改組するなど、組織の方法を示した。その活動は@冠婚葬祭その他生活改善と相互手伝い、A各種相互扶助救済 負債整理等、身上に関する相談援助、B作業の手伝い 共同化と生産力の保持拡大、C防空 防火等非常の場合の相互援助の準備 訓練、D公租公課完納 選挙粛正 常会出席等公民的生活の向上、E市町村更生振興計画 常会等の決定事項について相互協力し実効を上げること、であった。隣保班は 部落会 (区 町内会)の構成単位として組織され始める。
県下での対応は大分市が最も早かった。4月22日、市は各小学校長を招集して隣保班の組織方法を示し、小学校区ごとに、校長と区長たちを中心に組織会議を持つこととした。4月中には組織作りが完了した。農村部では講組やこれに準じた小団体を改組できるとされたので、比較的円滑に組織化が進んだようである。別府市等を最後に、14年8月県下各市町村の隣保班編成は完了した。初期の隣保班活動の中心は、都市部では防空演習、農村部は経済更生運動の促進という地域的特色が見られる。
〈部落会 町内会 隣保班活動の先進県大分〉
大分市では13年11月4日、国民精神総動員実践網を確立した。実践の単位を隣保班とし、これに常会を設置してあらゆる実行問題を解決し、実行を企画した。「全市を挙げて隣保生活の延長たらしめ、一円融合生々発展の郷土を建設し自治運営の根本」をねらったものであった(『 大分新聞 』昭和13年11月6日号)。14年5月には、県下の隣保班が「中央方面で有名」となり、特に大分市は11月、国民精神総動員中央連盟本部菊池理事以下の視察を受け、「大分市の区内会 隣保班は日本一」との折紙をつけられた。精動中央連盟は13年3月、実践網(部落会 町内会 隣保班)調査委員会を設置した。4月5日隣保班設置を通牒した大分県は「先進県」であった。昭和15年9月、内務省訓令「部落会 町内会等整備要領」が出され、全国的に統一された部落会 町内会 隣保班制度が制定された。その目的は翼賛体制の下で、@隣保団結の精神に基き、市町村民を組織結合し「万民翼賛ノ本旨ニ 則(のっと)リ地方共同ノ任務」を遂行させること、A国民の道徳的錬成と精神的団結を図る基礎組織とすること、B国策を広く国民に「透徹セシムル」とともに、民意の「 暢達(ちょうたつ)」を図り国政の円滑な運用に資すること、C国民生活の地域的統制単位として、統制経済の運用と国民生活の安定上必要な機能を発揮させること、とした。この整備要領は、部落会 町内会 を「国民の精神的団結を強化する国民運動の実践的認識としての一面と、総力戦を闘い抜くための時局行政遂行の補完的組織としての一面を総合的」たらしめるものであった(『内務省史』第2巻)。町内会の下に10戸内外の隣保班を編成して、それぞれ常会を設けることを義務づけた。さらに市町村に常会をおき、市町村行政の各事項を協議し、その総合的運営を図ることを規定した。
市町村常会は大分市が創始した。大分市はすでに13年7月、市常会を設置していた。過去3か年にわたる実績が認められ、「その成績は日本一とうたわれ、遂に翼賛会の下部組織として採用され華々しく新体制下に登場し、10月13日には内閣情報部の写真画報に“新体制の土台石 大分市常会”として掲載され、常会県大分としての名をなさしめた」のである(『 豊州新報 』16年1月16日号)。15年だけで内務省 大蔵省 文部省 東京市をはじめ、道府県や県内外の市町からの視察が72回に上った。大分県 大分市は内務省に忠実であっただけでなく、その政策の先取りを行っていたといえる。
参考文献 加藤泰信「大分県における部落会 町内会 隣保班の整備過程」(『大分県地方史』第129号)
[加藤 泰信]
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