| 大分の古代美術 | |
![]() 法鏡寺跡出土 軒丸瓦 ![]() 虚空蔵寺跡出土 軒丸瓦 ![]() 虚空蔵寺跡出土 軒丸瓦 ![]() 虚空蔵寺跡出土 軒平瓦 (拡大:写真をクリック) |
白鳳の古瓦 |
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宇佐市教育委員会
虚空蔵寺跡出土 軒丸瓦(複弁七棄 複弁八葉) 軒平瓦(法隆寺系忍冬唐草文) 法鏡寺跡出土 軒丸瓦(巣弁八棄) 奈良時代(七世紀) | |
| 大分県にはじめて仏教寺院が出現したのは七世紀も終わりに近い頃である。虚空蔵寺<こくぞうじ>跡(宇佐市山本)、法鏡寺<ほうきょうじ>跡(宇佐市法鏡寺)、小倉池<おぐらいけ>廃寺(宇佐市四日市・上元重)などいずれも宇佐地方に建立されている。 虚空蔵寺の建立にあたって塔や金堂の軒先を飾った軒丸瓦や軒平瓦には畿内系古瓦の文様が使用された。軒丸瓦には複弁八葉文<ふくべんはちようもん>と複弁七葉文<ふくべんしちようもん>の二種がある。前者は中央に大きな中房<ちゅうぼう>をすえて隆起圏線で縁どり、1+5+9(?)の二重にめぐる蓮字<れんじ>を配する。これをとりまく複弁八棄は鋭い彫法で表現されている。周縁には面違<めんたが>い鋸歯文帯<きょしもんたい>をめぐらす。後者は前者にくらべてやや迫力に欠ける傾向はあるが、やはり秀れた作品である。中房は円板状に全体を凸出させ、蓮字も1+4+8と一重目、二重目の蓮字一個づつを減じている。また複弁も一葉を減じて七棄となる。円を七等分するのはむずかしいためか、一部に大きさが不揃いとなり捩<ねじ>れを生じている。この原型となったのは奈良県川原寺<かわらでら>の創建に使用された軒瓦である。九州では川原寺と同じく天智天皇の発願と伝える筑紫観世音寺<ちくしかんぜおんじ>(福岡県太宰府市)に川原寺式軒丸瓦が最近発見されている。厨房蓮子は1+5+9の配置をとる複弁八葉文である。 川原寺系軒丸瓦とセットをなすのは忍冬唐草文<にんどうからくさもん>軒平瓦である。中心に二重ハート形心飾<しんかざり>をすえ、左右に唐草文を派生させ、途中二ヶ所に結節を設けて先端で反転させた雄健な作風を示している。奈良県法隆寺<ほうりゅうじ>のものに原型が求められる。これら七世紀代の畿内系古瓦は九州でも宇佐地方に限られた分布を示しており、畿内と密接な関係のもとに成立した初期寺院の性格を如実に示している。 一方法鏡寺の創建に使用された古瓦は軒平瓦は虚空蔵寺と同じ法隆寺系統のものであったが、これとセットをなす軒丸瓦は朝鮮半島百済<くだら>末期の様式をひく単弁八葉軒丸瓦であった。九州には六六五年(天智天皇四年)に築かれた佐賀県基肄<きい>城跡に使用されたのが初見である。凸出した円板状中房には蓮子が1+6の配列をなし、先端に一対の凹みをつけた単弁八葉をめぐらす。周縁には一重圏帯をめぐらしている。百済瓦からやや変化しているが同類は福岡、佐賀、大分県下に分布していて、九州式単弁瓦とも称されるものである。七世紀前半頃、奈良県坂田寺などに伝来し、畿内の重圏文を加えて、やがて九州に伝来したものである。 (小田 富士雄) | |
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