大分の古代美術

木造釈迦三尊像

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木造釈迦三尊像 三躯
東国東郡国見町大字野田 平等寺
榧 一木造 彫眼 彩色 菩薩像
像高 釈迦如来像82.5cm
   文殊菩薩像67.5cm
   普賢菩薩像56cm
平安時代
県指定文化財

 東国東郡国見町大字野田は、国東半島の先端に近い。
 両側を塀の様な丘陵に囲まれ、一方を海に向けて開いた谷間<たにあい>の村落である。
 この東側の丘陵に平等寺<びょうどうじ>は、ひっそりと建っていた。無住のため廃寺となり、その跡に収納庫は建てられている。
 中尊の釈迦如来坐像の向かって右には、獅子に騎坐する文殊菩薩、左には象に騎坐する普賢菩薩、これらの外側に天王像各一躯が立つ。
 各像とも内刳りを施さない一木造であるが、三尊の両足部は別に彫って矧ぎ寄せ、各手はそれぞれ臂、手首などを矧付ける。釈迦如来の左手半ばから先と、蓮肉、華盤を除いた台座、普賢菩薩の左手首と右手臂より先、右脇下に垂下する天衣、右足踏み下げ部、象、文殊菩薩の両臂から先、獅子などは、いずれも後補である。各像には後補の彩色が施されている。
 三尊とも面長の相好で、丸みの強い両肩、厚い膝、中尊の左肩から垂れる納衣<のうえ>の端の折り返しなどに古様がみられる。六郷山には、一木造りで地方色の濃い仏像が多く伝わるが、その中の典型的な佳作ということができよう。
 文殊菩薩の像底に、五行にわたり左記の墨署銘がある。
「人王七十代
冷泉院康平
七年ヨリ享和元年マテ
七百三十八年
戌ハ此年」
(以下別筆で明治十四年の修理銘がある)
 この銘文から直ちに康平七年(一〇六四)の造像とすることはできないが、何か據り所があって記されたものであろう。
 二天皇像は両肩、沓<くつ>先を矧付<はぎつ>ける。各持物は後補。手法は三尊像と同様であるから、当初から五躯揃えて造られたものであろう。
(岩男 順)
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