大分の古代美術

龍岩寺奥院礼堂


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龍岩寺奥院礼堂 一棟
宇佐郡院内町大字大門 龍岩寺
木造 正面三間 側面二間 懸造 片流 板葺
鎌倉時代(1286年)
重要文化財

 院内町字大門の県道から奥まった山裾に龍岩寺があり、さらに山腹を縫って登ると岩壁に隠れて奥院礼堂<おくいんれいどう>が残る
 岩窟に祀られた三体の巨大な平安時代の仏像の礼堂として急峻な岸壁に懸造<かけづくり>で建てられた珍しい堂である。
 岩場に建てた高い束柱<つかばしら>の上に板床を張り、その上に面取角柱<めんとりかくちゅう>をたて、正面三間・側面二間の簡単な平面をつくる。長い舟肘木<ふなひじき>で桁を受け、桁にゆるい反<そ>りをつけ、疎垂木<まばらだるき>で板葺の屋根を支える。軒は一軒<ひとのき>、屋根は高さも低く片流れに厚板の流<なが>し板<いた>に目板打<めいたう>ちと簡略で勾配ゆるく軽快なものである。正面は三間とも格子蔀戸<しとみど>を入れ、緑の谷間を一望できる。側面は引違戸の出入口とし、背面は格子で、奥壇の仏像を拝する。周囲は内部床をそのまま延長した舞台で前面と西側には高欄をおき、東面は立蔀<たてしどみ>形の仕切塀を復原して、参拝者が直接に奥壇に入らぬよう障壁としている。
 床束上の土台や岩盤に現在の建物以前の使用痕があり、古くから舞台形の拝所がつくられていたとみられている。
 現在の建物は棟木の墨書<ぼくしょ>によると「弘安九年 歳次丙戌」に修造し奉ると記し、1286年に建てられたことが確実である。
 九州では建立年代の確実な鎌倉時代の建築はきわめて珍しく貴重なものである。全体の様子をみると、懸造りであること、三間×二間の簡単な平面であること、屋根が軽量な片流れの流板葺であること、など仏道としては特殊で岩窟仏の礼堂という性格によるが、軽快な趣きはむしろ当時の住宅建築の姿をしのばせるものである。
 近世に増築され当初の形は知られていなかったが、昭和二六年に鎌倉時代建築の本体が発見されて、昭和29年に解体修理で鎌倉時代の姿に復原された。
 正面の舞台前に一木から削り出した巨大な梯子がかけられた様子など、むしろ古典的な感覚を留めている。
(澤村 仁)
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