大分の古代美術

木造阿弥陀如来立像

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木造阿弥陀如来立像 一躯
旧 豊後高田市大字長岩屋 天念寺
現 埼玉県入間郡名栗村 鳥居観音
檜 一木造 素地
像高198.0cm
平安時代後期(12世紀)
重要文化財

 豊後高田市長岩屋<ながいわや>の天念寺<てんねんじ>には六躯の平安古像が遺されていた。この寺の背後にある岩屋に十箇の仏龕<ぶつがん>が刻まれ、そこに一躯ずつ分けて安置されていたと伝え、六躯一括して一件の重要文化財に指定されていたが、昭和三六年、この内の阿弥陀如来立像一躯が寺を離れ、埼玉県入間郡名栗村の鳥居観音に本尊として迎えられた。天念寺に残る五躯は重要文化財の指定を解除され、いま県文化財として保存されている。
 阿弥陀如来<あみだにょらい>立像の本躰は檜<ひのき>材。頭躰部を一材から彫出し、後頭部から内刳<うちぐ>りを施して蓋板一を矧付<はぎつ>け、躰背面も肩下りから裾まで長く内刳りを施し、縦二材の背板を矧ぎつけている。両袖は本躰の木取りした材から前へ突き出す部分、つまり袖口の前半部にそれぞれ一材を矧ぎ、両手首(後補)を矧ぐ構造になる。
 大き目の螺髪<らほつ>を切りつけ、両肩より納衣<のうえ>を著け、両手はそれぞれ第一、二を捻じて直立する阿弥陀の立像であるが左手は指先を下へ向けた来迎印<らいごういん>とせず、右手と同様に指を立てているが、これは後世の修理に際しての接合し違いと解される。一木造<いちぼくづくり>の技法や納衣の腹から両腿の間に流れる衣文<えもん>をY字形に処理する形式などは九世紀以来の如来立像によく見受けられるものであるが、目鼻立ちの彫り口は至って穏やかであり、衣文も線刻であらわす部分が目立つなど、地方風示しながら、総体に温雅な趣が強い。製作は一二世紀と考えてよいであろう。
 現状は檜材の素地を露出し、また像面の木質朽損が目立つため、当初の仕上げは明らかではない。おそらくその作風に似つかわしく、簡素な彩色が施されていたものであろう。富貴寺や大楽寺などの諸像のような都風のものではなく、国東の地に根づいた地方仏師の製作と認められるが、返って巧まない素朴な味があって面白い。
(*1997年11月豊後高田市に戻った)
(西川 杏太郎)
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