大分の古代美術

木造菩薩立像


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木造菩薩立像 一躯
豊後高田市小田原 内野観音堂
榧 一木造 素地
像高193.0cm
平安時代中期(10世紀)

 六郷満山の中心寺院の一つであった西叡山高山寺<さいえんざんたかやまでら>に伝えられたという菩薩の立像で、同じく高山寺旧蔵の朽損が甚しい菩薩立像、天部立像と共に内野観音堂に保管されている。
 二m近い像容を、現在折損亡失している両手まで含んで榧<かや>の一材から彫出し、内刳<うちぐ>りは全く施していない。朽、焼損が甚しく明確ではないが当初から素地仕上げであったかと思われる。前方にまるいふくらみをみせた髻<もとどり>を結い、天冠台を刻み、条帛<じょうはく>・天衣<てんね>を懸け、折返し二段の裳<も>をつけ、腰をわずかに右に引き、左足をゆるめて立つ姿である。顔は肉付きの良い瓜実形で、面奥も深く上瞼のふっくらとした穏やかな眼が浅く刻まれている。胸飾は中央に大きい花文の付いた列弁文帯で共木から彫出している。胸部にくくりの線を刻み、腹部はやや前方に突き出す形にしぼり、これに豊かな腰が続き、下半身は膝の部分でいったん細め、天衣でたくられた裳裾<もすそ>が左右と後方に拡がる安定した形で、正・側面共に動きがあって、像はみごとな均衡を保っている。
 髻<もとどり>や耳輪の丸みが強い彫り口や裳に断面が半円状の壁を繁く刻む手法は、福岡県浮嶽神社に伝わる如来坐像、同立像、地蔵菩薩立像(いずれも重要文化財)の作風に近い特色のある表現である。
 一〇世紀に遡<さかのぼ>るまとまりの良い本格的な一木造の作例として注目されるが、相総部や躰部前面に焼損が大きくひろがっているのがいかにも惜しまれる。
(鷲塚 泰光)
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