大分の古代美術

日光菩薩



月光菩薩


(拡大:写真をクリック)
木造日光・月光菩薩立像 二躯
宇佐市大字南宇佐 大楽寺
檜 寄木造 現状素地
像高 日光148.3cm 月光149.5cm
平安時代後期(12世紀)
県指定文化財
現在、弥勒像の本尊伝弥勒<みろく>如来坐像の両脇侍として安置されてる菩薩形立像二躯で、いま日光・月光菩薩<にっこう・がっこうぼさつ>と呼ばれている。
 各檜<ひのき>材を用いた寄木<よせぎ>造で、頭・躰の主要部は髻<もとどり>を含んで正中線で矧合<はぎあ>わせた左右二材から彫成し、頸部で一旦、頭・躰を割り放ち内刳<うちぐ>りを施した後、再び矧合<はぎあ>わせ、これに別材製の両手・両足先などを剥付<はぎつ>ける。表面は下地漆を部分的に残すだけで、現状、ほとんど素地をあらわしている。
 左臂を屈し、掌を前に向けて第一・三指を相捻じ、右手を垂下して五指を伸ばし、腰を左に捻り右足をゆるめて立つ日光像に対して、月光像は両手や腰の捻り、足の動きを左右逆にし、一具の像として対照的な形制を示している。ともに丸顔のおだやかな面貌、なだらかな両肩や腰高のやや細身の下半身とこれをおおう薄い衣など、平安末期の和様を襲った作例といえるが、その整理され、形式化の著しい作風は本尊伝弥勒像と全く共通している。面貌表現も両者きわめて親近性があって、これらは三尊一具同作とみるべきであろう。
 中尊弥勒像の解説でも触れたが、この二躯の菩薩像の名称が何らかの根拠に基くものとするならば、日光・月光菩薩は、『薬師瑠璃光如来本願功徳経<やくしるりこうにょらいほんがんくどくきょう>』などに説かれるように、薬師如来の脇侍として造立されることが通例でもあり、従ってこれらは、本寺弥勒堂に安置される以前は、薬師三尊として祀られていたとも考えられよう。
 ともあれ、この三尊像は平安末期の型通りのものとはいえ、県下では数少ない都風の半丈六如来三尊の保存良好な遺作としてその存在価値は大きい。なお、両像ともに台座は後補である。
(松島 健)
戻る