| 大分の古代美術 | |
![]() 菩薩面 ![]() 鬼面(男) ![]() 鬼面(女) (拡大:写真をクリック) |
木造仮面 三面 |
| 豊後高田市大字蕗 富貴寺 菩薩面 榧 鬼面 樟 菩薩面 縦27cm 鬼面(男)縦21.5cm 幅15.7cm 高9.8cm 鬼面(女)縦20.5cm 幅15cm 高9cm 平安時代後期(1147年) 県指定文化財 | |
| 富貴寺に伝わる菩薩形行道面<ぎょうどうめん>は、本堂の須弥壇<しゅみだん>の下から近年発見されたものである。 縦に榧<かや>の三材を矧いで彫成したものであるが、現在左の一材が欠失している。従って左目尻から左頬、左耳などを欠いている。その他鼻の先端も欠けている。彩色もほとんど剥落しているが、わずかに白下地が残る。天冠は二条の台の上に小さな鳥の羽根を並べた様な、簡略な形であり、冠下の宝髻<ほうけい>も毛筋を省略し、まばら髪の境を筋彫りとしている、これらに対して、目・鼻・口はかなりしのぎ立つ鋭い彫法を示している。両頬もかなり豊かに張り、菩薩としての高い気品がみられる。 行道の菩薩面に限って、宝髻と天冠と面と共に彫り出すもの。天冠台までを現わし、その上を略すもの。天冠台下の頭髪までのものの三種がある。この面は簡略な宝髻と天冠を面と共に彫り出す手法であるから、最も古い形式を示している。 作風に地方色が見られないのは、本堂本尊や真木大堂諸像など同様に、中央仏師の指導があったことが考えられる。この仮面は恐らく阿弥陀来迎をあらわす迎講<むかえこう>の行道に用いられたものであろう。行道とは僧侶が読経しながら、本尊や堂塔を回り歩き、礼拝供養する儀式で、転経行道ともいわれるが、これとは別に、境内を仮面をつけて練り歩く練り供養も行堂と呼ばれている。工藤圭章氏は『国華』第九五七号所収「富貴寺大堂」に、この面が残ることから、富貴寺大堂も、迎講のために建てられた迎講どうとしての機能を持っていたので、近世まで地元では大堂のことを「こうどう」と読んでいたものであろう、と論じている。 この他に久安三年(1147)の墨書銘が認められる男女の鬼面一組が伝わっている。修正会の鈴鬼面といわれ、量感の的確な表現と共に、洗練された本格的な手法が見られる。 (岩男 順) | |
| 戻る | |