大分の古代美術

外陣小壁(東)

外陣小壁(南)

外陣小壁(西)

外陣小壁(北)

外陣小壁(東)

外陣小壁(南)

外陣小壁(西)

外陣小壁(東)

外陣小壁(南)

外陣小壁(南)部分

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板絵著色四仏浄土図
(外陣小壁)
豊後高田市大字蕗 富貴寺
板絵著色
東・西壁28.0cm×933.0cm
南壁  28.0cm×747.0cm
北壁  28.0cm×213.0cm
平安時代後期
重要文化財
四仏浄土図の作画例は必ずしも少なくない。天平二年(730)建立の興福寺五重塔、或いは四王寺五重塔、嘉祥元年(1106)建立の清水寺三重塔にも四方四仏の浄土図が描かれている。しかし、それ等はみな塔本に描かれたものであるが、塔本以外のところへ描いた例は法隆寺金堂壁画に先例を見出すのみである。大堂壁画の特色ある構想が理解されよう。
 東壁は中央に施無畏<せむい>を結び、左手に薬壺<やくこ>を執り、蓮華坐上に坐す薬師如来とその左右に日光、月光の両脇侍が描かれる。薬師如来の前には机が置かれ、その前に供花を持つ二菩薩、周辺に蓮華や幡幢<ばんとう>を持つ菩薩、十二神将を配している。更にその左右に多勢の奏楽の諸菩薩、供養菩薩を描いている。右の端には唐装の俗躰三、梵天と降三世明王<ごうさんぜみょうおう>を、左の端に金剛夜叉明王<こんごうやしゃみょうおう>を、描いている。像容不明の天部形は多聞天であると考えられる。
 南壁は中央に三尊を描いている。印相や脇侍菩薩の持物の様子から釈迦三尊であろうと考えられる。周囲に菩薩、童子、比丘等数躰を配し、更に左右に多勢の歌舞奏楽の菩薩、供養菩薩を描いている。左右の端に天部形各躰が描かれるが、左端が東方の守護神、持国天、右端が南方の守護神、増長天であると考えられる。
 西壁は剥落が少なくなく図様は定かではないが、東壁同様に三尊を中央に描き、さの左右に奏楽の諸菩薩や供養菩薩等を配している。その数も東壁とほぼ等しい。左の端には帝釈天と軍茶利<ぐんだり>明王を、右の端に五人の僧形と大威徳明王と西方の護法神、広目天が描かれている。
 北壁は部材も切り取られ、中央の約三分一程が残されているが、それも中央部を除いて殆どが剥落している。中尊は右手を胸前にし、左手で衣の一端を執り、蓮華座に坐している。その両脇に翳<さしば>を持つ童女を捧げる童女、右端に一躰の菩薩が描かれている。
(渡辺 明義)
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