| 大分の古代美術 | |
![]() 阿形像 ![]() ![]() 吽形像 ![]() (拡大:写真をクリック) |
木像金剛力士立像 二躯 |
| 大野郡朝地町大字島田 神角寺 檜・樟 寄木造 彩色 像高 阿形247.5cm 吽形250.5cm 鎌倉時代初期(13世紀) 重要文化財 | |
| 神角寺<じんかくじ>の山門に安置される二王<におう>、つまり金剛力士像<こんごうりきしぞう>である。通常、寺の山門は、他の諸堂のように扉で閉じられることがないため、参道を吹き上げる風にさらされ、ほこりが堆積し、また雨もかかり、さらには昔は参詣者の投げる紙つぶてを受けるなどのことがあり、ここに金剛柵だけで譲られ、安置される二王像はどうしても損傷しやすく、また後世の修理の手が加わり、姿が変ってしまっていることも少なくない。 この二王像もその例外ではなく、かなり損傷しているが、幸いなことに余り人に知られず、現在までそのまま伝えられてきたためか、最も痛みやすい両手先や足先に後補された部分がある他は、造像当初の姿を実によく遺している。阿形<あぎょう>像(口を開いた方)左手に独鈷杵<とっこしょ>を振り上げ、腰を左にひねって斜右を睨む姿に、また吽形<うんぎょう>像(口を閉じた方)は右手を屈臂し掌を前に向けて腰を右にひねり、斜左を向く対照的なポーズを示している。 その姿は、寺門の警備に任ずる忿怒<ふんぬ>像ではあるが、総体に怒りを内に籠め、動勢をひかえた体勢にまとめられている。しかし肉付けはきわめて厚く太造りであり、顔面や両腕、肩や胸の筋肉はたくましく力が籠っている。特に腹部を引きしめ、腰下は裳裾<もすそ>を適度ににぎやかに刻み、バランスも良く、この種の像によく見受ける鈍重感も少ない。腰体勢などに平安後期の二王像の伝統をよく受け継いでいる。製作は鎌倉時代前半期(13世紀前半)とみられ、九州地方における二王像の古例として貴重である。 それぞれ頭部は前後二材矧<は>ぎ、躰部も前後二材から彫出し、内刳<うちぐ>りを施し、首柄<くびほぞ>でつなぐ典型的な寄木<よせぎ>造りで、これに両腕を肩で矧ぎ、根幹材からはみ出す遊脚や裳裾の部分に必要に応じて別材を矧ぐ構造になる。阿形像の頭躰根幹部は檜<ひのき>材、両腕や小矧木 の一部に樟<くす>材を混用し、吽形像はずべて樟材を用いるが、こうした材の混用も、いかにもこの地方らしい所である。 (西川 杏太郎) | |
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