大分の古代美術


(拡大:写真をクリック)
大堂壁画
豊後高田市大字蕗 富貴寺
板絵著色
平安時代後期
重要文化財

大堂には内陣来迎壁<らいごうへき>に阿弥陀浄土図<あみだじょうどず>、四天柱<してんばしら>に密教の曼荼羅<まんだら>、内陣小壁に阿弥陀如来像五十躰が、外陣<げじん>の小壁には東方に薬師如来<やくしにょらい>の浄土、南壁に釈迦如来<しゃかにょらい>の浄土、西壁に阿弥陀如来の浄土、北壁に弥勒菩薩<みろくぼさつ>の浄土が各々描かれている。そして、この四仏の浄土図には堂の対角線に方位を取り、東西に梵天<ぼんてん>、帝釈天<たいしゃくてん>を配し、更に四方に護法神としての四天王(東−持国天<じこくてん>、南−増長点<ぞうちょうてん>、西−広目天<こうもくてん>、北−多聞天<たもんてん>)を配し、更に四大明王(東−降三世明王<ごうざんぜみょうおう>、南−大威徳明王<だいいとくみょうおう>、西−軍茶利明王<ぐんだりみょうおう>、北−金剛夜叉明王<こんごうやしゃみょうおう>を配している。
 また内陣の長押<なげ>しや浄土図の額縁には宝相華文<ほうそうげもん>と繧繝彩色<うんげんさいしき>によって飾られている。この他、来迎壁の背面には、板目の凹凸の様子から千手観音<せんじゅかんのん>の坐像が描かれていたと見られる。このような大堂壁画の統一的な意義は知られてないが、顕密二教の思想が合しているようであり、その構成は特色に富んでいるといえよう。
 壁画は白土を下地とし、黒の細線で略画風に描かれている。彩色を施こしてから描き起しをしているものとそうでないものとがあるが、描写は総体に軽い。天衣の線に若干の抑揚を見せるが、表現全体の中では特に目立った動きはしていないということができる。仏、菩薩のふっくらとした尊容、しなやかな姿勢は藤原時代の雅びな風趣があるが、その中にまた土地の香も感じられる。大堂壁画の大きな魅力の一つである。
 制作年代は一般的に藤原時代末と考えられているが、建築史の方では、大堂の構造には鎌倉時代的要素が認められ一二世紀末から13世紀の初めとする。とすると、壁画の制作年代はこれによって影響を受けざるを得ないが、表現や様式は藤原時代の特色が強いと云うべきである。いずれにせよ大堂壁画は国東地方における天台文化の古い栄光を伝える唯一の絵画遺例であり、その貴重性は揺ぐことは無い。
(渡辺 明義)
戻る