| 大分の古代美術 | |
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木造毘沙門天立像 一躯 |
| 速見郡山香町内河野 西明寺 樟 一木造 彩色 像高158.9cm 平安時代後期(1117年) 県指定文化財 | |
| 西明寺<さいみょうじ>は山香町内河野から、谷間の小道を登ると、海抜271mの南北に細長く伸びた台地に達する。 その中央に東面して、寺というには余りにも簡素な木造の堂宇一棟の西明寺が建つ。この隣に小さな毘沙門堂があり、中に県内在銘仏中、最古の年紀を記す毘沙門天<びしゃもんてん>立像一躯が安置されている。なお、この境内には貞和四年(1348)在銘で知られる石造三重塔一基がひっそりと建っている。 毘沙門天像は、頭部・躯幹部を通して足柄<あしほぞ>にいたるまでを、樟<くす>の一材から木取し、別材で造った両手を肩に矧いである。背面は後頭部から裾<すそ>までを割り放ち、内刳<うちぐ>りを施し、矧ぎ寄せたものと見られる。右手は挙げて三叉戟<げき>(後補)をとり、左手を肩先まで挙げて宝塔(後補)をささげ、邪鬼の上に、やや腰を左に寄せてたつ。長身であるが胴が締り、腹部に簡潔な帯喰<おびくい>が型通りに彫られる。堂の端も軽やかに垂れ、袴のふくらみもよく締まっている。像容穏やかな中にも、右肩をやや引いた姿に動きがあり、引き締まった体躯には。堂々とした気迫があふれている。胎内前面の胸から膝にかけて、左記の墨書銘がある。 願我従今身至千佛身生□値偶佛法 願我従今身至千佛身死離三□道 永久五年(1117) 酉丁 三月九日 □丁 時午奉造立 無縁僧隆厳 願我従今身至千佛身不受必報 県内木造在銘仏中、最古の年紀を示し、平安後期仏像の一基準となる貴重な作である。 銘文の中に表われる無縁僧隆厳は、長安寺銅板経の最後につづくもの(現東京国立博物館蔵)に 金剛仏子僧尊智 保延七年(1141)八月二日未時打了 金剛弟子僧隆厳 僧永明 とある隆厳とは、同一人物と見られる。 (岩男 順) | |
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