| 大分の古代美術 | |
![]() ![]() 地天 ![]() (拡大:写真をクリック) |
木造兜跋毘沙門天立像 一躯 |
| 日田市大字北豆田 永興寺 檜 一木造 彩色および漆箔 総高217.3cm 像高185.8cm 平安時代後期(12世紀) 重要文化財 | |
| 四天王<してんのう>の内北方の守護である多聞天<たもんてん>(毘沙門天<びしゃもんてん>)の異形像を兜跋毘沙門天<とばつびしゃもんてん>と言う。伝説によれば西域兜跋国(吐魯番<トルファン>か)で戦陣にあらわれた姿と伝えられ、王城鎮護、北方の守護として祀られることが多い。その姿は四面の宝冠を戴き、瞋怒<しんぬ>の形相で正面し、身には亀甲繋<きっこうつなぎ>の甲を著け、海老<えび>状の籠手<こて>と脛当<すねあて>をつけ、左手に宝塔を捧げ、右手には宝棒又は戟<げき>を執り地中から湧出した地天及び二鬼の上に立つ。この兜跋毘沙門天像は、わが国では唐から将来された像が平安京の羅城門に安置されたのが初例と考えられ、これは現在教王護国寺(東寺)に現存する。 木像の姿は鎧こそ亀甲繁ではないが儀軌<ぎき>に忠実で、両腕の肩付根にはこれも獣が大きく口を開いた肩喰<かたくい>を嵌め、腹帯の中央にはこれも獣面を形どった帯喰<おびくい>が表わされ、両腕にも獣面が刻まれている。掌上に毘沙門天の沓<くつ>を捧げる地天は、左右に尼藍婆<にらんば>の二鬼を従えないためにやや小さく見え、全体が細長く、重心が高い位置にあってやや不安定な形に見られる。 この総高217.3cmに達する全容は檜<ひのき>の一材から彫成されている。頭部に刳<く>りはないが躰部は肩下がりから裳裾<もすそ>まで背面から内刳りを施して上下二段に蓋板を当て、左手は肩と手首、右手は肩と臂前で各々別材を矧<は>ぎ寄せ、本躰と共彫りの地天は膝を含む突出部と鰭袖以下を矧ぐ構造である。当初は金箔などを混えて華やかに彩色仕上げがなされていたのであろうが、今その多くは剥落している。 冠の正面に刻む鳥形は浅肉彫りで表わされ、側面にも文様の彫り出しがある。眉根を寄せて目を見張る忿怒の表情にも誇張に走らぬ穏やかさがあり、頬のふっくらとした丸味や形の良い耳の表現など、藤原盛期の和様を学んだ表現といえよう。肩から胸、腕にかけての肉付けも適度の緊張感と張りがあって奥行きに対する作者の配慮が見られる、十二世紀の穏やかな作風を示す佳作である。 (鷲塚 泰光) | |
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