大分の古代美術



金錯鉄帯鉤

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金錯鉄帯鉤 二箇
伝大分県日田市刃連町出土
文化庁
鉄製
全長 大形22.8cm 小形7.7cm

中国漢代

鉄製。大形は細長い舌状となり、表面を蒲鉾<かまぼこ>状に整えた通有のもので表面全体に金錯<きんさく>(金象嵌<ぞうかん>)が施されている。文様は縁沿いに細い境界線を設け、その内側で扁四角形に割付けられた区画内に三組一単位の連勾雲文<れんこううんもん>を並列して装飾の中心とし、地を渦文等でうずめている。これらは帯鉤<たいこう>の内部と両側面の一部にもごく小さく長方形上に認められる。裏面は形なりに湾曲し、中央より先端寄りに革帯の一端を留めるための突起がつくり出されている。
 小型の帯鉤は軸部を飾部からなり、軸部の先端は欠失している。隅丸の三角状を施した飾部は表面全体に金象嵌が施されているが、大半は剥離している。文様は不規則な幅広の曲線や直線が密に入り組み、所々に小さく宝珠様の文様を散らした意匠であるが、全体の構図は明らかではない。各所は脆弱化しており、裏面の帯留金具などが欠落している。
 この種の装飾的な帯鉤の製作は戦国時代より漢代にかけて盛行したが、なかでも戦国中・後期には形も長大で、金銀・珠玉の象嵌や、鍍金装飾の華やかなものがつくられ、非実用的な豪華な遺品が主流を占めていることはよく知られている。それに対し漢代では型式も次第に規格化し、むしろ実用に適した遺品が多くなる傾向にある。漢代とみられる本遺品もその典型の一といえるもので、とくに大型帯鉤では比較的細形の型態などにその一端が窺える。また金象嵌の意匠も戦国時代後期にしばしばみられる渦文をともなう連勾雲文が複雑に入り組んで構成された独特の幾何学的な文様をよく継承した典型的なものといえよう。
 わが国出土の帯鉤は岡山県榊山古墳出土品(宮内庁蔵)以外には知られていない。しかしこれは青銅馬形帯鉤として朝鮮半島に類似品が求められるようなものであり、純粋の漢代の遺品としては本例が唯一のものである。出土地は伝承に過ぎないが、同地出土の金銀錯嵌珠龍文鉄鏡との関連には注意を惹くものがある。
(三輪 嘉六)
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