| 大分の古代美術 | |
![]() 安国寺遺跡出土 壼型土器 (拡大:写真をクリック) |
弥生式土器 一口 |
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国東町教育委員会
東国東郡国東町大字安国寺 安国寺遺跡出土 壼型土器 口径14×13.5cm 高31.6cm 弥生式時代後期 | |
| 弥生式土器は日本先史時代の土器で、縄文式土器のつぎにもちいられたものの総称である。弥生式という名は、東京都文京区弥生町遺跡(明治十七年)の名をとってつけられたが、その発祥は九州地方である。そしてその九州地方における前期の土器を一般に遠賀川<おんががわ>式と呼んでいるが、その中でも一番古い形式の土器が板付<いたずけ>式である。板付式土器の分布は北部九州一帯にまとまって分布し、この土器を頂点として弥生式文化が各地に派生していったと考えられている。 大分県地方は、瀬戸内海や豊後水道に面し、その沿岸地域一帯との関係が深い。そのため縄文式土器の特徴を残す刻目凸帯文をカメの装飾にもちいた下城<しもじょう>式土器がみられる一方で、中期以後瀬戸内海一帯にひろがる櫛目<くしめ>式土器がさかんに使用された。 東国東郡国東町安国寺<あんこくじ>遺跡は、弥生終末期のU字溝をもつ集落跡である。このU字溝から二重口縁の幅広い部分に特殊な櫛目模様を施す土器がみつかり、これに遺跡名を付して「安国寺式土器」という名で呼ぶことにした。安国寺遺跡は昭和二十四年の試掘からはじめて二七年までの四年間に七度の発掘調査が行われたが、U字溝内部からは柱穴<ちゅうけつ>が多数みつかり建物群の存在が明らかにされた。又、U字溝内からは木製の建物材料や農具などとともに植物種子がみつかり、なかには炭化したコメもあった。 安国寺遺跡からみつかったこの壼型土器は、普通の壼の口の部分に粘土の「タガ」を重ねて内反<うちぞり>または垂直に起立させる独特の二重口縁を形作る。全体を刷毛仕上げで整えた土器の幅広い口縁部に櫛歯<くしは>状の施文具をもちいて横書きの波状文を施す。この波状文には櫛歯の一端を軸として回転横走させる波上文など数種類 の文様がみられる。この波状文は高杯<たかつき>形土器の口の部分にもみられ、後記土器の特徴とされている。 (賀川 光夫) | |
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