大分の古代美術



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宇佐神領大鏡 一巻
宇佐市南宇佐 到津 公斉
縦29.8cm 横15m94cm 35紙
鎌倉時代
重要文化財
宇佐神宮の中世の神領記録で、本文には内題はなく、古来の書名は未詳であるが見返貼付の旧題簽によって「宇佐宮神領大鏡」と呼ばれている。鏡とはよく鍛えられた鏡は物事をよく写すという中国の故事から転じて、歴史の真実を伝えた史書を鏡に見立て、「大鏡」「水鏡」などわが国の歴史書にしばしば用いられた。したがって神領大鏡という名は宇佐神宮の神領の内容を忠実に伝えた記録という意味が込められているのであろう。
 その内容は宇佐神宮の最盛期における神領を列記したもので、本文の巻頭には「宇佐八幡宮 記録 御神領次第事」と事書があり、豊前・豊後・筑後・肥前・肥後・日向等九州七ヶ国に散在した神領を網羅しているが、記事の次第は神領の性格によって、「御封田」、「本御庄十八箇所」、「国々散在常見名田」の三種に分けられている。
 「御封田」は所謂三国七郡の御封として、かつて奈良時代に祭神の比<ひめ>神に与えられた封戸<ふこ>六百戸を基とする根本神領のことで、「本御庄十八箇所」(但し記載は十七ヶ所)は豊前・豊後・筑前・筑後・肥前五ヶ国にある庄園十七ヶ庄をさし、八幡神の位田<いでん>、御供田<ごくでん>を中心としてこれに開発田、寄進田を加えた庄園である。また「国々散在常見名田」は豊前等七ヶ国全域に散在した約七ヶ国全域に散在した約七十余ヶ所の所領で、開発、買得、寄進等によって成立した新加の神領と認められる。
 この大鏡はこれら三種の神領についてそれぞれ四至<しいし>、田数、所当<しょとう>、輸・不輸<ゆ・ふゆ>等を記しているが、諸庄の成立、伝来を示す注記は極めて詳密で、文中に多くの関係文書を引用し、また長承検田目録との田数の差異を示すなど神領の由来を明らかにするように努めている。
 大鏡の成立時期は明らかではないが、注記中の引用文書の最下限は建久八年(筑後国宇治浦項)で、また豊後・日向の建久図田帳と比校するに、編纂の時期は建久年間をほど遠からぬ頃と認められる。この到津本は書写の時代を示す奥書はないが、本文の書風から見て鎌倉時代中期の筆に係り、中世宇佐神領の姿を伝えた現存唯一の古写本として貴重である。
(山本 信吉)
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