大分の古代美術


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宝篋印塔 一基
臼杵市大字深田
石造
総高4.42m
鎌倉時代
重要文化財
 臼杵市深田の石仏群の対岸に満月寺<まんがつじ>があり石造仁王像で知られている。満月寺の境内北端に立つ宝篋印塔<ほうきょういんとう>は国の重要文化財(建造物)であり、特別史跡臼杵磨崖仏の一部ともされている。土地の人には「日吉塔」と呼ばれ、真名野<まなの>長者の発願で百済僧蓮城法師によって建てられたと伝える。
 山裾の周囲より一団段高い敷地上に安置され、台石ともの総高は約4.4mあり日本最大級の宝篋印塔である。
 台石周縁には蓮弁の省略形のような反転曲面をつくり、壇石は地覆<ぢふく>・束<つか>・葛<かずら>の枠形をつくり出し、各面二つの格狭間<こうざま>を彫り込む。上面は一段の造出しの上に塔身をおく。
 塔身は普通の宝篋印塔の例では四方仏や梵字を彫ることが多いのに、本塔では厨子<ずし>形とする。正面の周囲に幣軸<へいじく>形をめぐらして中を彫り凹め、中央奥の床面に円孔をうがって仏像か経筒<きょうずつ>を安置できるようにつくっている。かつては扉を両開きにとりつけたものとみえ、軸穴が残っている。塔身に朱と白との彩色の跡がみえるのも他に例がない。
 笠石は一般の宝篋印塔と同様に上を六段の階段状につくり、四隅の隅飾表面に輪郭の反転曲線を縁取りに造出す。外反りがない点は古い形式を示している。笠石の下段周縁をわずかながら屋根の軒先のようにゆるい軒反<のきぞ>りを付しているのは珍しい。
 相輪<そうりん>は一石で下から伏鉢、請花<うけばな>、九輪、請花、宝珠形をつくるが、やや細長い感がある。総高4.4mのうち1.5mと三分の一強が相輪部分である。
 宝篋印塔は中国五代の呉越王銭弘俶が制作配布した八万四千宝塔(955年)が原形となって、塔身に宝篋印心咒経を納めたもので、わが国では鎌倉時代中期頃かと思われ大形で古いこと、厨子形となって建築的表現がみられることなど、全国的標準からもすぐれた作品である。
(澤村 仁)
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