大分の古代美術

軒丸瓦(1)

軒丸瓦(2)

軒平瓦(3)

軒平瓦(4)
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軒瓦 四箇
臼杵磨崖仏周辺遺跡出土
臼杵市教育委員会
軒丸瓦(1)14.8cm 軒平瓦(3)25.7cm
軒丸瓦(2)15.7cm 軒平瓦(4)25.1cm
鎌倉時代初期〜鎌倉時代中葉
 臼杵磨崖仏を取りまく周辺地の歴史的な環境の究明はかねてからの課題であったが、その解明の手掛りとしてここ数年間にわたり周辺地の発掘調査が行われた。本遺品はそこからの出土品の一つである。
 軒丸瓦(1)(2)は瓦当面の中心に巴文をおき、その外周に大き目の珠文をめぐらす。巴文は頭部をやや太目に、体部から尾部へと次第に細く流暢にめぐり、とくに(1)ではこの種巴文独特の全体になめらかな転廻を示している。周縁が幅広の素縁となるのはこの形式特有のものである。胎土、焼成ともに堅固で、全体に厚手なつくりであるが、巴文の型態は鎌倉初期末〜鎌倉時代中葉の様相を漂わせている。
 軒平瓦(3)は単廓を設け、心飾に単弁状の蓮花文をおいた均正唐草文で瓦当を飾るが、唐草の蔓の廻転は粗く全体に様式化が著るしい。同種の瓦当文は栢森遺跡(京都)をはじめ畿内から西方の比較的広範囲な地域で散見できる。鎌倉時代初期の一典型様式として把握できよう。(4)は単廓内に珠文を横列して飾った単調な意匠の軒平瓦である。珠文はやや扁平で丸味に乏しいなど軒丸瓦(1)(2)の珠文に共通の型態をもつ。あるいは両者が一組の関係にあるのかも知れない。屋瓦の型式からみて鎌倉時代初期の遺品とみられる。とくにこの瓦当文形式は近世まで継承されているが、その初現的な資料としての意義は高い。
 臼杵磨崖仏の製作時期は平安時代末期〜鎌倉時代初期とされているが、これら屋瓦を用いた建物が磨崖仏の関連施設とみても時期的には矛盾はない。磨崖仏の彫成された歴史的な背景を探るうえからも注目される屋瓦である。
(三輪 嘉六)
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