大分県農事調査 ( おおいたけんのうじちょうさ)
明治中期の農業
農商務省が、将来の農政方針を定める資料とするため、明治初年以降進めた 殖産興業 の農業部門における成果を、21年(1888)度の農業生産状況でとらえようとしたもの。調査は22〜23年度に全国的規模で実施された。はじめは農商務省農務局員が担当したが、33年度からは統一的な調査項目を定め、府県知事に訓令して実施させた。項目は農業生産の全般にわたるが、とくに米 茶 養蚕 の調査は精密を期している。18年度実施の「小作慣行調査」とともに政府の実施した、明治中期における日本農業に関する二大調査といえるもので、当時の農業の概観を知るのに便利である。
〈調査項目〉
「大分県農事調査」は、その大分県版。調査主眼 現状 沿革 参考 将来 畜産 獣医 郡別 管内総覧の8冊からなる。調査主眼編は、調査方針を「事物其物ニ問ヒ」とし、県農業の概況をまとめている。また備考には、農業に関する諸般の施設、農業教育及び農業諸会の景況などが記されている。現況編は、米 大麦 茶 養蚕など農産物22種類について、5か年分(17〜21年)の作付反別 産類 価格がまとめられ、産額 価格増減の理由、品位及び価格の進否、販売の便否及び販路の伸縮、損益の概況、一反歩収支比較などが記され、生産、流通事情がわかる。沿革編は米 麦 大豆 七島藺(しっとうい) など主要産物の由来について記す。参考編は農作改善の例証。米についてみれば、稲種選択の利益、選種の利益、小米作改良申合などを詳細にあげている。将来編では、主要農作物や勤倹について、改善をした場合に予想される生産力の増大について予測する。畜産 獣医編は家畜 家禽(かきん)の概況、とくに牛について沿革 参考 将来を述べる。郡別編は、各郡の農家 人口 耕地 農産物 農業に関する民俗行事、農家の生活などについて記す。管内総監編は、大分県14町265村の概況、行政、産業、交通、気象 物産などを概観する。
〈調査結果でみる当時の大分県の農業〉
明治21年の大分県総戸数は15万2,079戸、総人口78万
6,882人。農家戸数は12万8,446戸(84.5%)、農家人口67万1,864人(85.4%)。県の物産総額887万9,019円。農産物803万236円、水産物35万9,970円、工産物48万8,813円で、農産物が90%を占めるこの年人口1万人以上の町は、中津町(15,579人)、大分町(12,882人)、臼杵町(12,168人)の3町のみ。
農家のうち専業は9万227戸(70.2%)、自作農4万5,716戸(35.6%)、自小作農6万5,656戸(51.1%)、小作農1万6,913戸(13.2%)。1戸当たり耕地面積は7反8畝5歩。8反歩以下が65%を占め、零細農家が多い。郡別には直入郡が平均1町3反7畝で最も多く、南海部郡の平均4反4畝が最も少ない。県下の総耕地面積は10万408町5反。田5万590町6反(50.4%)、畑4万9,817町9反(49.6%)で、やや田が広い。郡別には玖珠 宇佐 下毛 速見郡の水田地域と、直入 大野郡の畑作地域に区分できる。
農産物を価格からみると、主穀の 粳米(うるちまい)277万円(35%)が最も多く、裸麦の67万円(8.5%)がつづく。このほか10万円を超えたものに、 糯米(もちごめ) 小麦 粟 大豆 甘藷(かんしょ) 青芋 蝋(ろう) 煙草(たばこ) 櫨実(はぜのみ) 七島藺 青花莚 蘿蔔(らふく)(大根)がある。大別すると、米が40%を占めて最も多いが、麦、雑穀、芋類を加えると70%にもなり、食糧中心の自給的色彩が強い。
各郡とも農産物の第1位は米であるが、生産額に占める割合からみると、玖珠、宇佐、下毛の順となる。生産性の向上と品質の改善がみられ、宇佐 下毛郡は豊前米で知られる。水田の乏しい南海部郡は甘藷と麦が、直入郡柏原村 萩村(萩町)では 玉蜀黍(とうもろこし)が食糧を補った。麦は大分 北海部 下毛 南海部郡、雑穀は大野 日田 直入郡で比率が高い。大野 直入郡の大豆は江戸時代から岡大豆で知られる。特有農産物は地域的特色がみられる。七島藺と青花莚は東国東 速見 大分郡、櫨 蝋は西国東 東国東 宇佐 日田郡、煙草は大野 直入 日田 北海部に多い。養蚕 茶は 士族授産 でとりあげられたが、宇佐郡で繭、日田郡で茶が目立つ程度である。
家畜は、牛6万8,240頭、馬5万1,792頭、乳牛64頭。牛馬は農耕 運搬 自給肥料源 交通手段として重要であったが、農家1戸当たり1頭にも達していない。しかし、明治初年以来、牛馬の品種改良や 犁耕(りこう)が奨励されており、徐々にその成果は現われ始めていた。 豊後牛 が広く世に知られるのは大正に入ってからである。牛馬の割合は、速見 大野 直入 玖珠 日田郡に牛が多く、西国東 大分 北海部 南海部 宇佐 下毛郡に馬が多い。農業生産力は、各種の奨励策 改良策と老農( 篤農家(とくのうか))のもつ経験とがあいまって大きく伸びていた。米の反当収量でみると、11年からの10年間に4斗7升の増である。
参考文献 『明治中期産業運動資料 第1次農事調査』第16巻 大分県 宮崎県 『農業総合研究』13巻2号
[河野 昭夫]
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