大分県水平社 ( おおいたけんすいへいしゃ)

全国水平社の理論的指導者を生む

 大正11年(1922)3月3日、 被差別部落 の完全解放をめざして 全国水平社 が結成された。水平社創立に直接大きな役割を果たした 佐野学 は杵築市出身である。また大正12年全国水平社青年同盟の結成を指導した 高橋貞樹 は、別府市出身である。この2名は水平社運動の理論的指導者として高く評価されている。
〈佐野学〉
 佐野学は、杵築市上野の出身で、医師の家に生まれ、 杵築小学校 から、 杵築中学 に入学、5年生のとき校長排斥のストを指導したとして、東京の麻布中学に転校。七高から東大法学部に入学したころから社会主義運動に傾くようになり、大正10年7月雑誌『解放』に「特殊部落解放論」を発表、当時の 部落解放運動 および水平社の創立に大きな影響をあたえた。また水平社創立後も水平社運動に関する論文を発表するなど理論的役割は大きかった。また全九州水平社の機関紙『水平月報』にも「水平社の建設」が掲載され、この佐野理論は、九州水平社の実践活動方針として定着した。
〈高橋貞樹〉
 水平社運動の初期に活躍し『 特殊部落一千年史 』の著者として有名な高橋貞樹は別府市 内寵(うちかまど)の出身で、大正6年 大分中学 に入学、4年から東京商大予科に進み、山川均の門下に入る。水曜会のメンバーとして『種 蒔(ま)く人』や『前衛』などの社会主義雑誌の発行に協力した。
 高橋は、大正11年9月から水平社運動に参加し、翌年11月全国水平社青年同盟を結成、その指導的役割を果たした。大正13年5月、『特殊部落一千年史』を著したのは弱冠19歳の時だった。この著書は当時の活動家の血を 湧(わ)きたたせたものであり、現在でも部落解放史の文献として、高く評価されている。大正15年まで大阪を中心に活動し、著述と組織活動を通じ水平社運動の中心的存在として活躍した。大正15年から3年間ソ連のレーニン大学で学習して帰国したが、昭和4年(1929)4月特高警察により検挙され、 治安維持法 違反で懲役15年の判決を受け投獄された。昭和10年6月肺患が悪化し執行停止となり、4か月後の11月2日永眠した。高橋貞樹は、水平社運動の犠牲者として今も高く評価されている。
〈 別府 的ヶ浜(まとがはま)焼き打ち事件 〉
 全国水平社が創立されて、1か月後の大正13年3月25日、 別府警察署 が別府的ヶ浜の松林の被差別民衆の住居を焼き払う事件が起こった。被差別民衆に対する差別事件として部落解放運動で、全国的に大きく取りあげられた。当時的ヶ浜の松林に21軒80名の被差別民衆が住んでいたが、この時期に赤十字社大分支部総会に出席のため皇族出身の赤十字総裁 閑院宮(かんいんのみや)が別府訪問にあたり、別府署は松林の住居が見苦しいとして焼き払ったのである。
 この事件を地元の『 大分新聞 』や中央紙が「人権 蹂躙(じゅうりん)である」と報じた事から、帝国議会でも人権問題として論議されて、大分地方検事局の取り調べにまで発展した。しかし説得によって自分たちで取りこわした、という警察側の主張が認められ、事件は一応解決したことになっている。しかし的ヶ浜に住みついていた浄土真宗の布教師 篠崎蓮乗(しのざきれんじょう) は、全国水平社の米田富とともに、各地で的ヶ浜事件の真相を訴え、各地の水平社設立をうながした。この事件は天皇制と部落問題とが関連している事例である。
〈大分県水平社の創立と活動〉
 別府的ヶ浜焼き打ち事件から2年後の大正13年3月30日、大分県水平社の結成大会が別府の 豊玉館(ほうぎょくかん) で開かれた。当時豊玉館はかなり大きな劇場で、前には竹槍に 荊冠(けいかん)旗が交差され気勢をそえ700名が集まってひらかれた。しかし会場には、私服の警察官数十名が警戒する物々しさであった。大分県水平社の結成は、地元よりも、全国水平社のオルグ活動によって結成へとこぎつけたのである。
 創立後4年目にして、ようやく日田郡が運動の中心となって活動した。 日田郡水平社 は、昭和4年6月結成され、村祭りの行事からしめだされた地区民の差別排除の闘い、夜学校での教師の差別発言糾弾の闘いなどに取り組んだ。特に『 日田朝日新聞 』の記事「水郷日田に遊ぶ」と題する紀行文中の、日田郡の部落を差別する記事については、全国水平社 九州水平社の応援を受けてとり組み、誤った差別事件として記事の取り消しと謝罪文を新聞に掲載させた。
 昭和8年12月、高松地裁の差別判決取消請願運動と水平社運動の拡大のため、全国水平社議長の松本治一郎等が県内をオルグをした。この時に 全農中津支部 にも働きかけがあり、農民運動と水平社運動が結合された。機関紙『水平社』も発行され、宇佐郡 長洲(ながす)小学校 の差別事件の糾弾闘争も実施された。概して大分県の水平社運動は散発的であった。
 参考文献 『おおいた部落解放史』創刊号 U号
[小犬丸 裕]

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