大分層群 ( おおいたそうぐん)
海を埋めた火山噴出物
大分平野 北部の 丹生(にゅう)、明野、上野などの台地、別大国道沿いの丘陵、さらに 日出(ひじ)丘陵 には第四紀初期〜中期(200万年〜40万年前)の 火山噴出物 を多量に含む 堆積岩(たいせきがん) からなる地層が広く分布しており、それらの地層を一括して大分層群とよぶ。
〈大分層群の成り立ち〉
第四紀初期の今から約200万年前は瀬戸内海− 別府湾 −島原を結ぶ方向に海が入りこみ、大分市付近、日出町一帯もこの海の底であった。その海には、各地で 火山活動 がおこり、多量の 火山灰 、 軽石 、 火山 礫(れき) などの火山噴出物が長期間にわたって次々に堆積して地層を形成した。その間に、火山活動の休止期もあり、泥、砂、礫などの非火山性砕屑物が堆積したが、火山活動はくりかえし起こり、しかも活発で、圧倒的に火山噴出物の量が多いのが特徴である。第四紀中期の約40万年前になるとこの海は陸化して、大分市東部から瀬戸内海にかけて湖を生じ、さらに陸化して大分層群の堆積は終わった。
大分層群に火山噴出物をもたらした火山活動は2つあり、前半は 豊肥火山活動 、後半は 豊後火山活動 とよばれている。前者は 輝石安山岩(きせきあんざんがん) 質の 火山砕屑物 を噴出し、日出町の 鹿鳴越(かなごえ)山 系、別府市の 小鹿山 、庄内町の 雨乞岳 、 城ヶ岳 などがおもな火山であり、後者は豊後火山活動とよばれ、 流紋(りゅうもん)岩 質の火山砕屑物を噴出し、庄内町の 冠岳 、 高塚山 、 中峠 などがおもな火山である。大分層群の最下位の地層には流紋岩質の火山砕屑物を含むが、その火山活動の系列は不明である。
大分層群は古い方から順に、 滝尾層 、 鶴崎層 に分けられ、それぞれの地層はさらにいくつかの地層に分けられる。滝尾層と鶴崎層は一部整合に、一部では不整合に重なっている。
〈滝尾層〉
滝尾駅付近から明野団地、上野から 賀来(かく)に至る台地、西大分から白木、東別府にかけての別大国道沿いの丘陵を構成し、 丹生台地 では基盤を構成している。
滝尾層は全体的に北−北西へ緩く傾斜しており、明野台地中央部で南傾斜の碩南層群を不整合におおっている。滝尾層はさらに岩質によって、下位から 片島部層 、 羽田火砕岩層 、 下郡(しもごおり)部層 の3つに分けられる。
片島部層は滝尾駅付近に模式的に発達し、 軽石砂岩 、 砂岩 、 凝灰(ぎょうかい)岩 (火山灰が固まってできた岩石)などからなる。この地層の続きと考えられる地層が別府湾を挟んで北側の日出町東部に分布しており、糸ヶ浜付近の海岸崖の凝灰質砂岩から第四紀初期を示す ホタテ貝 の 化石 を産する。
羽田火砕岩は、明野台地西麓の羽田付近に模式的に発達する 軽石凝灰岩 、 軽石質凝灰 角礫(かくれき)岩 (軽石、火山灰、火山礫が混合しているもの)、軽石層(軽石のみが堆積したもの)などからなる。軽石、火山礫は流紋岩質であり、 由布川 付近に分布する 由布川軽石流 の軽石凝灰岩と一連のものと考えられている。下郡部層は明野台地北西部では凝灰岩、砂岩、 泥岩 からなるが、大分市西部の志手、西大分、別大国道沿いの丘陵では、 凝灰角礫岩 と凝灰岩からなり、下郡付近では植物葉片、樹片の化石を含むことがある。
〈鶴崎層〉
明野台地北西端の下郡加納から高城、 小池原(こいけばる)にかけての台地北縁と大野川東岸の丹生台地北半部、坂ノ市磯崎などに分布する。下半部は 牧砂礫層 とよばれ、牧地区に模式的に発達する砂礫層を主とし中に泥層を何枚か挟むが、この泥層からは牧と小池原でそれぞれ トウヨウ象 の臼歯の化石が産した。牧砂礫層の上には高城互層とよばれる主として凝灰石、砂岩、泥岩からなる互層が重なり、大在駅南側の台地北縁や城原からは オキシジミ 、 アサリ などの貝化石を産するが、さらに上位の地層である磯崎では、泥岩中から オオタニシ 、 ドブ貝 などの淡水棲貝化石や植物葉片化石などを産する。
このように大分市−日出町付近に分布する大分層群に対して、大分県下の他の地域に分布する同時代につくられた地層、例えば 駅館(やっかん)川層 、 耶馬渓(やばけい)層 、 玖珠層 、 日田層 などを一括して大分層群とよぶ場合もある。
[日高 稔]
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