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私の読書日記 <No.4>
1月14日(月) くもりのち晴れ
寂聴古寺巡礼
著者:瀬戸内寂聴
出版社:新潮文庫
作家であり、京都嵯峨野の寂庵の庵主である瀬戸内寂聴さんが、若い時から訪れた京都や奈良、滋賀の古刹を紹介した随筆集。
当地を訪ねる際のガイドブックとして読んでも参考になるし、寂聴さんの仏教に対する考え方や人生観もわかって、面白い。

仁和寺・神護寺・天竜寺・三千院・平等院・薬師寺・唐招提寺・延暦寺・三井寺・・・
おなじみの名刹や仏像が次々に紹介されるので、古寺巡りが好きな人であれば、
「ああ、なるほど・・・」と、ページをめくるのが楽しいと思う。

中でも私が大好きな仏様は、京都・岡崎にある永観堂の<見返り阿弥陀>。
その昔、この寺で修行していた永観律師が本尊の周囲を行道しながら念仏を唱えていると、いつのまにかご本尊の阿弥陀如来が壇上から降りてきて、律師と一緒に行道を始めた。驚いた永観が思わず足を止め、立ちすくんでいると、阿弥陀如来が振り向き、「永観、遅し!!!」と言われた。恐れ入った永観は、あわてて後に従った・・・という伝説があるこの阿弥陀様は、首を少し後ろにひねり、(見返りの姿)になっている。
「みんなで一緒に浄土に行きましょう。遅れている人はいませんか?」と、人々を残らず救済しようという慈悲の心が表れて、ホントに優しい仏様だといえる。
また、この見返りの姿には、自分の行いを振り返るという謙虚な気持ちも込められている。
初めて、<見返り阿弥陀>を見た時には、その愛らしさに思わず、涙が出た。
身の丈、80センチくらいの小さな仏様。そして、首を30度ほど後ろに回した姿は少々色っぽくもあり、可愛い口元からは何か言葉を発しそうな気配もする。
本当に優しい表情で、私は時々<見返り阿弥陀様>にムショウに会いたくなって足を運んでいる。

この本の中で、寂聴さんはこう述べている。
「仏像というのは、もともとは木のきれです。木のきれを誰かが彫ってああいう形にしただけにすぎません。ただの木のきれが、何千何万の数え切れない人々の祈りが込められると、初めて本当に仏様になるんです。古い仏像には数え切れない人々が手を合わせ拝んできた、祈りが込められ聖化されています」
全く、同感である。