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稲垣孝一
2月5日(水)  はれ のち くもり
別大毎日マラソンが終わった。

県内で1位になったのは、新日鉄大分の稲垣孝一。(総合7位)

面白い選手だ

放送用のアンケート、憧れの選手は?との項目に
こう答えていた。



ディビット・ベッカム!

サッカー選手デスカ!!

これまで色んなジャンルのスポーツ選手のアンケートを見てきたが、
競技の違うスポーツ選手を憧れとして書いてきたのは、彼が初めてだ。

取材の質問に対しては自信満々の態度で受け答えし、
アンケートには肩透かしを食らわすような事を書く。

しかし

稲垣はそうすることによって、自らにプレッシャーを与え、
追い込んでいたのではないかと僕には思えた。

稲垣は、喘息というマラソン選手にとって非常に辛いハンデを背負っている。
その喘息で一時期 新日鉄大分陸上部を離れていた時期もあるほどだ。
彼にとって冬という季節は、それでなくとも厳しいはず。
事実、これまで2月にまともに走る事ができたためしが無いという
去年の別大も、やはり喘息の調子が芳しくなく
記録は2時間31分10秒。 完走がやっとだった。
今年も レースの二日前まで点滴治療を受けている。

「今回は治療がちゃんと出来てるので体調は良いです。
(ベストタイムが出た)防府マラソンの時よりずっといい」


そうレース前日、自信ありげに語ってくれた稲垣だが
それはまるで、自分に言い聞かせているかのようだった。
時折 軽く咳き込むのも気になった。

初めて招待選手となった今年の別大。
しかも、まともに走る事ができた経験の無い2月のレース。
不安が無い訳がない。

別大毎日マラソン当日。号砲の一時間前、
僕は選手控え室をのぞいた。
稲垣は、膝を抱えて座り、ただ一点をじっと見つめていた。
まるで研ぎ澄まされたカミソリがそこにあるようだった。

「稲垣さん・・・」

声をかけた僕だったが、こちらを向いた彼の目を見て

「がんばってください」
という陳腐な応援を飲み込んだ。
鋭い、しかし落ち着いた目だった。正直、圧倒された。

そしてレースは始まった。
稲垣は折り返し前まで、トップ集団に食らいつく力走。
それからは やや遅れをとったものの、粘りに粘って 7位
タイムは2時間12分25秒
自己記録を2分近く更新した。

フィニッシュした後、稲垣は泣いていた。

プレッシャーと、病と、そして自分自身に戦いを挑み
打ち勝った男の姿がそこにあった。

稲垣孝一 23歳。マラソン経験7回。

2001年までの自己ベスト
2時間21分39秒

2002年の自己ベスト
2時間14分22秒

そして2003年 別大毎日マラソン。
2時間12分25秒

この若きランナーに、これからも注目して欲しい。