〜姫だるま(竹田市)〜 【2007/12/30放送】
江戸時代、岡藩7万石の城下町として栄えた竹田市。
滝廉太郎の名曲「荒城の月」のイメージとなった岡城址をはじめ、かつて上級武士が住んでいた殿町など、城下町の名残をとどめる街並みが広がります。

竹田の郷土玩具『姫だるま』。
市内で唯一「姫だるま」を制作する工房では、2人の女性の手によって、その伝統がうけつがれています。
350年ほど前に実在した、綾女(あやじょ)という武家の女性をモデルにしていると言われる姫だるま。

女性のだるまは全国的にも珍しく、家内安全や厄よけに御利益があるといわれ、正月には縁起物として飾るならわしがあります。

ひとつひとつ、愛情こめて手作りされる姫だるま。
白い胡粉(ごふん)の上に厄除けの意味をもつ赤い着物を描いていきます。

行程の中で、一番難しいのが顔の表情。
手作業のため、ひとつひとつ表情が異なります。
時代の移り変わりを微笑みながら眺めてきた姫だるま。
この微笑みが、これからも続くことを願わずにはいられません。
〜奇祭 やんさ祭り〜 【2007/12/23放送】
中津市耶馬溪町の大野八幡神社には、室町時代から伝わる珍しい祭りがあります。

毎年12月2日の夜に行なわれる「やんさ祭り」。
神社建立の際、33人の若侍が3升3合3勺の新米で鏡餅をつき、神前に供えたことが始まりとされています。

1番餅は神前へ。2番餅は祭り後の直会(なおらい)の雑煮とし、3番餅からは見物客に厄除けとして振舞われます。

「やんさ、やんさ」と威勢の良い掛け声をかけ、7臼半の餅を力強く突いていく、締め込み姿の男衆。餅をつき終わると始まる「臼倒し」。

臼を守る座元側とこれを倒そうとする氏子側が翌年の豊作をかけて押し合います。
600年以上臼は倒れることなく、来年もまた「豊作」として人々に幸せをもたらします。
〜朝霧の里 湯布院〜 【2007/12/16放送】
豊後富士の別名を持つ美しい由布岳の山麓に広がる「湯の里 湯布院」
秋から冬にかけては、放射冷却現象で気温より水温が高まり、水蒸気となって由布院盆地はすっぽり朝霧に包まれます。

朝霧の発生源といわれる「金鱗湖」
湖の半分には温泉が出ており、その温泉部分から出る蒸気が朝霧を呼ぶとの云われもあります。

毎年この時期になると、全国から朝霧を見に訪れる人々で賑わいます。
幻想的な由布院盆地の朝霧は、この季節ならではの風情を醸し出しています。
〜大寺のなごり・真木大堂(豊後高田市)〜 【2007/12/9放送】
六郷満山最大の規模を誇った伝乗寺。

豊後高田市の真木大堂は、その唯一の名残です。
鎌倉時代の蒙古襲来の際、六郷満山では、国家安泰の大祈祷が行われたといわれています。
大堂に今も残る「菊の紋章」は、その時の恩賞として朝廷から送られたものです。

大堂では9体の仏像が守られ続けてきました。
鎌倉時代に作られた不動明王像は、現在、およそ80年ぶりの修復作業が行われています。

収蔵庫の改修も行われるため、大堂の仏像たちは、しばらくの間、旅に出ます。
お色直しを終え、姿を見られるのは、2008年秋ごろの予定です。
〜臼杵 普現寺〜 【2007/12/2放送】
臼杵の臨済宗寺院である普現寺。
民話の主人公「吉四六さん」の菩提寺としても知られています。

1294年、大友氏初代・能直(よしなお)の孫、野津五郎頼宗(のつごろうよりむね)の開基と伝えられ、のち荒廃しましたが、江戸時代に再興されました。
紅葉の名所としても有名な普現寺。
境内にはおよそ200本のもみじがあり、多くの観光客の目を楽しませてくれます。

ライトアップされる11月は、赤や黄色の色彩と光が調和して幻想的な空間を演出します。

由緒ある歴史寺は、移り行く季節の中を静かに堂々と佇んでいます。
〜湯煙香る風景 別府市〜 【2007/11/25放送】

悠然とそびえる山々と海に挟まれた全国屈指の温泉都市、別府市。
なだらかな丘陵地一帯に立ちのぼる白い湯煙。

平成13年、変化に富んだ様々な温泉の香りを楽しむことができるとして、環境省により「かおり風景100選」の一つに選定されました。
市内の湯煙の数は400を越えると言われています。
その中でも多くの湯煙があがる鉄輪温泉。

かつて辺り一面から噴気が上がり、深い霧が立ち込め「地獄」を思わせたこの地を、鎌倉時代、時宗の開祖・一遍上人が湯治場として開発したと伝えられています。

この世の地獄として恐れられ、人々を苦しめていた湯けむり。
時を経て、極楽を思わせる温泉の象徴として別府の街に立ち上ります。
〜み仏の里 熊野磨崖仏〜 【2007/11/18放送】
古代仏教文化が花開いた、大分県国東半島。
放射状に伸びた尾根が連なるこの地は「西の比叡山」と呼ばれ、数多くの石造物が当時の繁栄ぶりを今に伝えています。

六郷満山寺院の一つ、今熊野山胎蔵寺(いまくまのさんたいぞうじ)。
お寺の脇からのびる鬼が一夜で積み上げたという険しい石段を登りきると、2体の巨大な磨崖仏が訪れる人を出迎えてくれます。
平安時代に造られた「熊野磨崖仏」。
幽境の地に姿を現した、県内最古の磨崖仏「大日如来像」。
そそり立つ岩肌に刻まれた、高さ8メートルの「不動明王像」。

岩の裏側にある「御所帯場(ごしょたいば)」は石工たちが、寝泊りをした場所といわれています。
人里離れた山奥で、いかなる夢を見ながら眠りについたのでしょうか。
〜岩窟の古刹 羅漢寺〜 【2007/11/11放送】
中津市本耶馬渓町 羅漢寺。
大化(たいか)元年645年にインドの僧侶・法道仙人(ほうどうせんにん)がこの地で修行したのが寺の始まりと伝えられています。
平安時代には山岳修験の場となり、暦応(りゃくおう)年間に、臨済宗の僧・円がん昭覚が羅漢寺を開きました。
五百羅漢が安置されている「無漏窟(むろうくつ)」。
南北朝時代、円がん昭覚は、中国の僧・逆流建順とともに、700体あまりの石造を完成させました。
室町時代の建立と伝えられる「仁王門」。
その仁王門の前の石畳に「曼陀羅(まんだら)石」があります。
この「曼陀羅(まんだら)石」を境に、羅漢寺方面は聖域とされていたため、身分の高い者も、参拝するときには ここで籠を降り、本堂まで歩いていたとされています。
1600年には曹洞宗に改め、その後も多くの人々の信仰を集めた羅漢寺。いにしえからの信仰の歴史が今なお息づいています。
〜技を受け継ぐ 小鹿田焼 (日田市)〜 【2007/11/4放送】
日田市源栄町皿山。
福岡の県境に位置する山里に小鹿田焼の10件の窯元が。
この地に窯が開かれて300有余年。
窯元たちは、一子相伝の技法を受け継ぎ守ってきた。
足で回されるろくろをうまくさばき、「飛びかんな」という技法で特有の細かい模様を刻み込む。

小鹿田焼は、平成7年、国の重要無形文化財保持団体の指定を受けた。
皿山を歩くと、集落の谷川にのんびりと土を突く唐臼の音がする。
この音は環境省選定の残したい日本の音風景百選に選ばれている。
唐臼は、自然乾燥された土をくだき、きめ細かい小鹿田焼の陶土を作る。
今日も小鹿田焼の山里に唐臼ののどかな音が響く。
〜炎の奇祭ケベス祭り〜 【2007/10/28放送】
国東町国見町に古くから伝わるケベス祭り。
白装束のトウバと呼ばれる氏子と、奇怪な面をつけたケベスがせめぎあう。

ケベスが火に向かい突進すると、祭りは最高潮に達する。
ケベスが火を撒き散らすと、次いで、トウバたちも火のついたシダの束を振り回し観客を追いかける。

飛び交う炎の中で繰り広げられるケベスとトウバの攻防。
その起源や由来は謎とされている。
〜水流の芸術 山国川〜 【2007/10/21放送】
中津市を横断する全長約56kmにも及ぶ一級河川、山国川。

源流は英彦山(ひこさん)とされ、中流域にかけて、渓谷が形成されています。
急流によって削られた甌穴群「猿飛千壺峡(さるとびせんつぼきょう)」。
川床の甌穴は、大きいもので直径1m、深さが2mにまで達します。

その猿飛千壺峡から約300メートル下流にも甌穴が発達してできた場所があります。
「魔林峡(まばやしきょう)」。連なる甌穴が水流によって巨大化し、長い年月をかけて渓谷を作り出しました。

静寂の中に太古の神秘を漂わせています。
擲筆峰(てきひっぽう)の景。文政元年、儒学者で文豪の頼山陽が、あまりの絶景に「筆舌に尽くし難し」と筆を投げたことからその名がついたとされています。

また「山国川の山紫水明の景勝は日本一である」と讃え、「耶馬溪」と名づけたことでも知られています。
時の文豪をも唸らせた山国川。
いまもなお、見るものに感動を与え続けています。
〜石橋の里・院内〜 【2007/10/14放送】
「石橋の里」宇佐市院内町。
山間(やまあい)の集落を結び、急流に耐えうる頑丈な橋の建設を目的として、町内には、江戸末期から昭和初期に架けられた「74」もの石橋が点在し、今も人々の暮らしの中で静かに息づいています。

町内一の高さ、18.3メートルを誇る「荒瀬橋(あらせばし)」。
完成当初は、建設費用の赤字を補填するため、「橋の通行料」を徴収していたと伝えられています。

江戸末期に作られた「打上橋(うちあがりばし)」。
当時の人々は、石橋には「魂」が宿ると信じていたため、永久に破損することなく、通行の安全を願い、橋の供養を行っていました。
橋のたもとに置かれた「供養塔」は、当時の石橋に対する愛着を今に伝えています。

大正5年に完成した「鳥居橋(とりいばし)」。
天に伸びたすらっとした橋脚と、その優美さから、「石橋の貴婦人」の愛称で親しまれています。
石工の心意気が感じられる、石橋の里・院内を代表する橋のひとつです。
〜由布院盆地誕生伝説(宇奈岐日女神社)〜 【2007/10/7放送】
狭霧の森に包まれた由布院盆地。

杉の古木に囲まれた静かな場所に宇奈岐日女(うなぐひめ)神社があります。

こんこんと沸き出でる山からの清水で満たされたお堀。
そして、社殿に見られる菊のご紋は、この神社の格式の高さを表しています。
やまとたけるのみことの父、景行(けいこう)天皇が九州に行幸された時代、自ら神をおまつりになった宇奈岐日女神社。
その歴史の古さから、由布院盆地誕生伝説とも結びついています。

太古の昔、大きな湖であった由布院盆地。
山の斜面で細々と暮らす里人が、田畑を持ち豊かに暮せるようにと、宇奈岐日女神社の大神(おおかみ)が、力自慢のけさき権現に命じ、湖の壁をけやぶらせました。

農業の神、また水神様として湯布院の人々に親しまれ、守り神として崇められている宇奈岐日女神社。
一説では、由布岳の化身ともいわれる宇奈岐日女。
伝説の宇奈岐日女は、今も湯布院の人々を見守っていることでしょう。

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